パサデナのプレイハウスで、是枝裕和監督の「そして父になる」(Like father like son)を見た。カンヌ国際映画審査員賞を受賞した作品とあって、アメリカでも話題になっている。
学歴、仕事、家庭、すべてを手に入れ、自分は人生の「勝ち組だ」と信じていた主人公の野々宮良多(42)。ある日、病院からの連絡で、6年間育ててきた息子が出産時に取り違えられた他人の子供だったことを知る。裕福そうな野々宮一家を嫉妬した看護婦のしわざだった。
東京・墨田でも60年前、実際に取り違いが起こっていたことが昨年11月発覚している。本来なら裕福な家庭で育てられるはずだった被害者の男性(60)が裁判所に訴えたのだ。生活保護を受けながら女手一つで育てられたトラック運転手だった。
日本法医学会が全国規模で実施した調査結果によると、1955年から71年までの間に32件の新生児取り違いが起こっている。報告があったのは全体の5%から10%というから、実際には500件もの取り違いが起こっていたと推定される。「ベビーブームで病院は出産ラッシュ。新生児を扱う看護婦たちの流れ作業化が進み、それが取り違いの温床になった」(ジャーナリスト・奥野修司氏)らしい。
アメリカでも取り違いは起きている。娘の血液型に疑問を持ったフロリダの女性が自力で調査、88年本当の娘は別人に育てられていたことを見つけ出す。病院は莫大な賠償金を支払って倒産。女性は娘を返してもらったものの、思春期の娘はうつ病になり、7カ月後には育ての親の元に返してしまう。
映画には、こんなシーンがある。「実家」に戻された「息子」は、たまらなくなって会いにきた「父」に泣きじゃくる。「パパなんか、パパじゃない」。「そうだよな。でもな、出来損ないだけど、6年間はパパだったんだよ」。
親子の絆とは何か。血なのか、それとも共に過ごしてきた歳月なのか。
「小津安二郎の再来」ともいわれる是枝監督。あえて映画の結末は描こうとはしない。それは、〈観客の方々一人びとり、お考えを〉ということなのだろう。【高濱 賛】