浪曲(浪花節ともいう)という演芸は私の知る限り、戦後のラジオの時代に人気絶頂を極めたが、いまでは日本の演芸の主流から少々はずれてしまっているようで、私のようなファンからすると少々さびしいかぎりだ。
 広沢虎造(二代目)の『清水次郎長伝』、玉川勝太郎(二代目)の『天保水滸伝』、寿々木米若の『佐渡情話』、三門博の『唄入り観音経』などが一世を風靡(ふうび)した時代があった。そんな浪曲の名文句のひとつに相模太郎の『灰神楽道中記(はいかぐらどうちゅうき)』というのがある。こんな調子で始まっている。
 ♪毎度みなさまおなじみの、あの次郎長に子分はあるが、強いのばっかり揃っちゃいない、中にゃとぼけた奴もある。ドジで間抜けで出鱈目で、おまけに寝坊でおっちょこちょい、名付けたあだ名が灰神楽とて、本当の名前が三太郎~(以下略)♪
 親分、次郎長の使いとして伊勢の古市に住む丹波屋へ初孫出産祝いを届けに行くことになった三太郎の道中記だが、上記の語りだしによると、三太郎のダメ人間ぶりとして『ドジで間抜けで出鱈目で、おまけに寝坊でおっちょこちょい』と表現されている。この場合、ダメ人間の条件として『ドジ、間抜け、出鱈目、おっちょこちょい』までは即、納得できるが『寝坊』まで加えられて、私には三太郎に少々同情の念を禁じえない。
 私は駐在員の現役時代はサラリーマンだったので、毎朝決まって午前6時30分に目覚めるのが習慣だった。定年引退後もしばらくは予定がなくても朝早く定時に目が覚め起きていた。ところがいまはどうだろう。いつのまにか怠けぐせがついて夜更かしの癖とともに、朝寝坊に抵抗がなくなり、昼近くまでベッドの中ということさえある始末だ。
 人間は本来が怠け者であり、一度身についた怠け癖の改善は困難であることを身に沁みて感じている。灰神楽三太郎が寝坊であることも『とぼけたダメ子分』の条件の一つであることを再確認し、わが身に置き換え反省することしきりだ。【河合将介】

Leave a comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *