1年ほど前のこと、私の顔に長年居座っていたほくろが急に大きくなり1カ月ほどの間に倍ほどの大きさに成長した。ちょうど右の頬骨の上辺りで、痛くもかゆくもないが、目障りである。
折も折、知人の知り合いが皮膚がんが原因で、内臓に転移して、数年の闘病の末に他界したという話を聞いたので気になり始めたが、仕事が忙しくてそのまま数カ月が過ぎ、検診の時に内科医に話したところ早速簡単なチェックをして、がんではないから心配しなくていいよ、で終り。
がんでないならまあいいか、でさらに数カ月。
去年の終り頃から時々痒みを覚え、ちょうど眼鏡の下のフレームに当る所なのでうっとうしい。主治医に相談すると、「次の検診の時までに皮膚科の医師を紹介しよう」
次の検診の時には膝の治療の話に終始して主治医も私もすっかり忘れており、とうとう年が明けた。
鏡を見ても写真を撮っても黒く盛り上がったほくろが大きな態度ででーんと据わっている。なかなか醜い。
ごく親しい友人が気にして 自分の皮膚科のクリニックに予約をして、当日は家まで迎えに来てくれて、まるで誘拐よろしくクリニックに連れてゆかれた。診療椅子に座らされて45分、フリーズするには大きすぎるとかで簡単に削り落とされ小さな絆創膏をペッタリ貼られて完了。
週に一、二回は顔を合わせる知人が、絆創膏を見てどうしたのかと訊ねるから「実はほくろを取ってもらってね」と話したら、「ほくろ? どこにあったの? まるで気が付かなかったけど…」
それから10日程で絆創膏をはがすと、少し赤みを帯びた痕がアスピリン1錠ほどの大きさで残っているが、30年ほど寄宿していた黒いほくろはすっきり跡形も無い。ところが誰も私の顔からほくろが無くなったことに気が付かない。
つまりほくろがあった事にも、無くなったことにも気が付かなかったということである。絆創膏には気付いても、たかがほくろ一つくらい、犯人を捜す刑事でもなければ、誰も他人の顔をそれ程注意深く見ている人はいないというわけ。
こういうのを自意識過剰と言うんでしょうか。
【川口加代子】