先月、栗城史多さんの訃報がひっそりと報道されました。彼のことは、以前このコラムでも書きましたが、世界七大陸の最高峰を単独無酸素で挑戦した方です。最後に挑戦したエベレストから生きて帰ることができませんでした。それでもこれだけの事を成し遂げたのですから、登山家として尊敬の念をもったものであるべきだと思っていたのですが、登山の専門家からは、無謀な登山をし続ける素人として非難を受け、関心を持たれてきませんでした。
登山家のゴールは山の頂上に登ることかもしれませんが、彼のそれは、山に挑戦する自分自身の苦悩や生き様を伝えることだったのだと思います。そういう意味では登山家というよりも、自分の意見を言葉で綴る著述家や、思想家に近いものがあったのかもしれません。ただし言葉で伝えるのではなく、生きる姿勢や挑戦を、映像を通じて人の心に伝え続けた人でした。
脳科学者の茂木健一郎さんとのエピソードは彼の本当を語ります。茂木さんが破れたダウンジャケットをテープで修繕して着ていた時に、栗城さんから「茂木さん、それどうしたのですか? と聞かれ、しばらくして会った時、栗城さんは、何も言わずに、ダウンジャケットをくださった。ぼくはありがたく頂いた」たったひとつの言動を聞くだけで、多くを語らずして彼を知ることができます。
彼のホームページには「否定という壁への挑戦」という言葉が綴られています。「何かに挑戦するということは、成功・失敗、勝ち・負けを超えた世界が必ずある」のです。挑戦の意味はその結果ではなく、それ以上の意味があることを私たちに教えてくれます。そして、常に中道であることを願っていました。仏教でいう中道とは、「善にも偏らず、悪にも偏らない」精神のことだそうです。彼は、誰にも偏らず、何にも偏らないで挑戦する信念を貫きました。
栗城さんの父は、「生きて帰って、お世話になった人に必ず何かを返せ」と伝えたそうです。残念ながら生きて帰ることはできませんでしたが、死してもなお、大切なことを私たちに返し続けていることだけは確かです。【朝倉巨瑞】