「Aさんもこの頃物忘れがひどいね。ミーティングの日を忘れて一日遅れてやって来て、誰が予定を変えたのかって怒り出して、大変でしたよ」
 こんな話は本人がその場に居なくても何となく小声で話される。アルツハイマーではないらしいが、ずばり言えば老人ボケが進んできたということなのだ。高齢者の玄関に足を踏み入れた身にはあまり聴きたくない話題だが、こう思いながらも勝手なもので自分はまだ…、という思いがある。
 最近の調査で、高齢者ほど、自分の過ちを認めない傾向があり、若い人ほど自分の間違いはあっさり認めるらしい。
 こんなことは、特に専門家に調査研究していただかなくても、少し自己反省をして、ついでに隣近所を見渡せば素人の私にだってわかりますよ。
 長い間てきぱきと、正確に仕事をこなしてきた人生の大先輩、高齢者にとって、今更若造に間違いや物忘れを指摘されるなんてとんでもない話であり…、ましてや間違いを認めてやり直す時間なんて残されてませんからね。ここでひと踏ん張りしなければ立つ瀬がないってことですよ。
 若い人にはやり直す時間もチャンスもあるわけです。その身の幸せを思わず、つい「困るなあ、頑固だしすぐ忘れるんだから、しっかりしてくださいよ」なんて言うべきではないのです。
 そのひと言で大先輩の心は深く傷つき、「この頃の若い者は…」と、せめて昔よく聞かされた台詞の一つも返したくなるのです。
 年をとると頑固になるという定説に従って、高齢者特有の、意地を張るだけの元気があるならまだ良いのだが、真実自分が正しいと思い込んでいるとしたら、問題の根は深い。
 もし高齢者が同じことを何度も繰り返して言うときは、ああそうですかとそのまま聞いてあげるより、「さっきからおなじことを5回も言いましたよ」とやさしくいって、注意を喚起してあげるべきです、などというカウンセラーもいるが、私がそう言われる立場になったら、どちらを選ぶだろう。今日は人の身、明日はわが身…。
 どちらにしても年をとるというのはそう簡単ではない。【川口加代子】

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