重陽の節句という言葉を最近ではあまり耳にしませんが、9月9日のことです。重陽とは陽が重なるということで、中国の陰陽思想に起因するそうです。数字の奇数は縁起が良い数字とされ、3月3日(桃の節句)、5月5日(端午の節句)、7月7日(七夕の節句)というように区切りをつけて邪気払いをしたそうで、九は陽の気が極まって重なる重要な節目だったのだと考えられます。`長寿の効能があると言われている菊を用いて祝いをしたことから、菊の節句とも呼ばれています。
 陽が重なるこの秋の頃、目黒は秋刀魚の焼ける匂いで充満します。毎年大量の秋刀魚が無料で配られる、さんま祭りがあるからです。この時期の秋刀魚が、脂が乗っておいしいことは皆さんがご承知のことですが、海のない目黒でなにゆえ、さんま祭りなのかと言いますと、落語の好きな方にはお馴染みの古典である「目黒のさんま」にちなんでいるからです。
 馬の早駆けに目黒に行った殿様が、空腹になり近くの農家からわけてもらった秋刀魚をはじめて食べて、そのおいしさが忘れられない。しかし大名屋敷での御膳では、下魚と呼ばれる安い秋刀魚はふるまわれない。そこで親戚の食事に呼ばれたので、ここぞとばかりに秋刀魚を要望します。しかし家来たちは大名の体を気遣い、秋刀魚の脂を蒸して抜いてしまっておいしくもなんともない。「このさんまは、いずれより取り寄せた?」「日本橋魚河岸でございます」「それはいかん。さんまは目黒にかぎる!」という最後の決め台詞を聞くために、観客は耳を澄まして、今か今かと待っているのです。庶民の味を知った世間知らずの殿様と家来とのやりとりは、何度聞いても絶妙で面白い。
 こんがりと焼かれた秋刀魚に大根おろし、すだちをかけて食べることが多いのはこの落語のなせることなのか。この噺ができたのは、江戸時代のようで、400年以上も前の創作話を現在によみがえらせる発想は見事です。ここまで書いて、いよいよ秋刀魚が食べたくなりました。脂の乗った秋刀魚を食べることで、邪気を払うことになればと願いながら。【朝倉巨瑞】

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