昨年のアカデミー賞で「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」を受賞した辻一弘さんは、ジミ・ヘンドリックスをモデルにした作品を披露している。作品は奥まった目立たないブース内に展示されているが、次から次へと来場者が鑑賞に訪れ「とてもリアルにできている」「本当に生きているみたい」「本物そのもの」などと感嘆しながら写真を撮っていた。メディアの関心も高く、辻さんは英BBCなどのインタビューに応えていた。同アートショーについて辻さんは「LAで一番大きいので、毎年参加している。多くの人が来て、見てもらえるのがいい」と語った。
アカデミー賞受賞後の映画制作の活動は「かなり変わった。やりたい仕事が多くきて、自由が利くようになった」とし、受賞前は大勢のスタッフの一員にしか過ぎず「向こうの言う通りにやっていた」という。だが「やっぱり、あれ(アカデミー賞)を取ると尊敬されるので、こちらの意見や提案を聞いてくれる」と、しみじみと語る。現場では「こういうふうにしないとうまく作れないので、その方法でしかしない、と言えるようになったので全然違う」と説明する。
去年携わった作品は、デビッド・フィンチャー出演のテレビ1本と、シャーリーズ・セロン、ジョン・リスゴー、ニコール・キッドマンが出演した映画1本で、一流の俳優、スタッフとともにし「いい役者、いい監督と、いい仕事がきた。『内容が本当にやってよかったな』という作品ばかり。それがとてもいい」と、充実感をにじませた。
日本で活動する現代美術家の上路市剛さんは、辻さんと親交がある。2人の芸術は、ハイパーリアリズム彫刻と呼ばれ、主に世界の偉人をモデルにした顔をシリコンを用いて本物のように忠実に作り上げる。
「技術は辻さんから教わったものが多い」と、話す上路さんは「アーティストは、先輩や後輩は関係ない」と、実力の世界を強調しながらも「辻さんは、世界で一番のアカデミー賞をとったすごい人。世界中の特殊メイク界の巨匠」と仰ぐ。辻さんのブースに表敬に訪れ、作品をじっくりと眺め「作るのがたいへんだけど、こんな大きな作品を作ってみたい」と、憧れを抱いていた。そのサイズは自身の作品の2倍以上で、日本では大きな作品の需要は少ないという。
初参加したLAアートショーについて上路さんは「日本ではまずない」というイベント主催者側からのリクエストのデモンストレーションを行った。アートファンに囲まれ妙技を披露し「とてもリアルだ」「クレイジーな作品だ」などと褒められ「お客さんとコミュニケーションがとれるのが楽しい」とふれ合いを満喫。「ここはハリウッド(映画)があるので、自分の作品は見慣れていると思っていたけど、反応がよくうれしい」と、笑顔で語った。
絵の具を直接、キャンバスに塗る作風について「感情が高ぶれば、抑えることはできない。筆に絵の具を塗ると、それが逃げてしまうから」と説いた。1作品に要する時間は「瞬間的に(発想が)決まれば2時間ぐらい。だけど一度迷い込むと出れ(描け)ない。3年から5年、10年、時には20年かかることもある」「僕の中に秘めてある情熱、喜びや悲しみを感じてもらえればいい」
初めてのLAでの展示は「人がとてもフレンドリーで親切。日本と全然違う」といい、自身の作品の評価は「『パワフルさが伝わってくる』『こんな絵は見たことない』など、僕の絵の深さを分かってもらい手応えを感じた。僕の絵は世界で通用すると思っているので、またLAに来たい」と話した。【永田潤、写真も】