訪れたのは晴れた日でしたが、昨年の台風による千曲川の氾濫によって鉄橋が半分崩落しており、一番近い列車の駅にはバスでの代行運転での行程でした。畑を抜けて山の中腹に位置する場所に、無言館はありました。コンクリート色むき出しの建物には、「戦没画学生慰霊美術館」と書いてありました。入り口らしき黒い扉を開けても受付はなく、中はひっそりとしていて、人影はまばらでした。薄暗い館内に、存在感のある絵が突然に迫ってきます。戦地に向かった画学生の絵を集め、無言館を創設した窪島誠一郎氏の詩を読むと、共通の深い鎮魂と慰霊への思いが訪れる人の心に突き刺さります。
 遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ/私はあなたを知らない/知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ/(中略)/どうか許してほしい/五十年を生きた私たちのだれもが/これまで一度として/あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを/遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ/私はあなたを知らない/知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ/その絵に刻まれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ
窪島誠一郎
 ここには家族への思い、愛する人への思い、自分の全ての思いを絵に遺して、帰らなかった画学生たちの命の燈(ともしび)が展示されていました。窪島氏は、「この世から彼らの絵がなくなるまで、彼らの魂は生き続けている」と言います。肉体は亡くなっても、絵の中で魂は生き続けているということです。召集令状を受け取った学生が最期に何を描くのか。答えの出ないこの問いを、戦争が遠くなった私たちにも伝え続けます。この問いはつまり、「あなたはどう生きたいのか」「あなたの命は何のためにあるのか」「あなたは誰を愛するのか」そういった根源的な問いかけでした。
 無言館では毎年成人式が行われます。これまでもジャーナリストの池上彰さんや俳優の樹木希林さんたちが、成人になる若者に直筆の手紙を手渡して門出を祝ったそうです。自分を見つめる問答が静かに始まり、そして厳かに継承されているのです。【朝倉巨瑞】

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