日本語ラジオ放送の歴史の調査に傾倒する平原さん(右)が著した「日本時間 北米諸国(戦前)編」
 日本在住で日本国外の日系社会向けラジオ放送を研究する平原哲也さんがこのほど、著書「日本時間 北米諸国(戦前)編」(全366ページ)を発行した。ロサンゼルスの日本人社会で放送されていたラジオ放送の歴史など、米国在住者にとって興味深い内容が平原さんの調査で初めてまとめられた。

 平原さんはこれまで、ブラジル編、中南米編、ペルー編を出版しており、今回が4冊目。北米編の出版を記念して、特別寄稿を数回にわたって連載する。
 連載第1回を前に平原さんが、中学時代に受信した外国のラジオ放送に興味を持つようになった切っ掛けから、日本語放送の歴史を調査し出版を思い立った理由、そしてこのたび上梓した戦前の北米編について、簡潔に要旨を紹介する。
 現代はインターネットの時代である。最新の情報を得る、あるいは音楽を楽しむのもネットが主流である。ネットがそれほど普及していなかった1990年代前半まではラジオがその役割を果たしていた。ポップ・ミュージックの動向、ニュースなどが手軽に得られるメディアとして特に短波放送は重宝された。
 筆者は中学生時代よりこのような海外の放送を受信する趣味(BCLやSWLと呼ばれる)に没頭した。BBCやモスクワ放送といった日本向けに日本語で放送する国際放送の受信から始め、次第にDX局と呼ばれるローカル向けの出力が小さく受信の難しい放送局をキャッチすることに引かれて行った。どの国のどの放送局かということさえ分かれば、たとえ言葉は分からなくともその雰囲気を楽しめた。
 日本ではほとんど聞く機会のないアフリカや南米の音楽に心が踊った。ブラジルで日系人向けに放送する日本語番組を受信したときには、そこで流される古い歌謡曲を興味深く聴いたものである。このような経験を通じて、次第に外国の放送事情や放送史に興味を持つようになった。
 2000年のことである。東京で開かれたアジア放送研究会が主催する研修会に参加した。アジェンダの一つとして、世界各地で行われている地元向け日本語放送の現状を紹介する講演があった。それに触発され、在留邦人による日本語放送の歴史を調査することが目標になった。海外の日系マスコミに関して、邦字新聞については数多くの研究があるものの、ラジオ放送についてはまとまった調査がなされていないことも分かった。それだけに調べがいがあるというものである。
 まずは海外最大の邦人社会のあるブラジルをターゲットとした。時間はかかったが、「日本時間—日系社会向けのラジオ番組」のブラジル編としてまとめあげた。「日本時間」という表現に少し違和感を持つかもしれないが、ジャパン・ウィーク、ジャパン・デーと同列のジャパン・アワーの訳と考えるとしっくりくる。その後中南米諸国編、ペルー編を執筆し、今回アメリカ、カナダ、メキシコの3カ国における日米開戦前までの日本語放送史を北米諸国(戦前)編として完成させた。
 アメリカで初めて行われた定期的な日本語放送は1927年2月に開始されたオークランドでの万国聖書研究団の番組である。説教と音楽を流し、毎月1回放送されるものであった。当初20分程度であった番組は次第に時間を延長して1時間の放送になった。時間が増えた分は地元音楽家の出演枠としたため、地域に根差したジャパン・ナイト番組として親しまれた。
 その後シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、エルセントロ、サンノゼ、ワトソンビル、バイセリアで日本語番組が開始され、その他の西海岸の都市でも日本音楽や日本人の出演する番組が放送された。
 これらに加えて、戦前には日米間でラジオによる交流が進められたエピソードを記述した。例えば、長距離放送記録の樹立をねらった中波でのアメリカから日本への放送(日本語番組を含む)、東京放送局(JOAK)の電波がアメリカで良く聞こえることの証左として、サンフランシスコなどでJOAKの番組を生中継する試み、日米双方での相手国の中波放送受信への挑戦などである。
 戦後のロサンゼルスでは日米文化放送、ラジオ小東京、ホームキャスト、ラジオ・パシフィック・ジャパン、日系コミュニティー・ラジオをはじめとする日本語ラジオ番組が放送されてきた。しかし、インターネットを通じた番組が盛んになる中、電波による日本語放送は衰退の一途をたどり、現時点ではTJSラジオがKALI・FMで平日に朝1時間の放送を行っているのに過ぎない。1人の日本語放送ファンとして、今後も番組が継続されることを願っている。
 平原哲也(ひらはら・てつや) 1957年生まれ。東京外国語大学卒。会社員。著書は、「資料集 日本の短波放送」(編著、2000年、日本短波クラブ)、「日本短波クラブ創立50周年記念誌」(編著、2002年、日本短波クラブ)、「日本時間ブラジル編」(2010年、私家版)、「日本時間中南米諸国編」(2012年、私家版)、「日本時間ペルー編」(2019年、私家版)、「日本時間 北米諸国(戦前)編」。内容は、ホームページ(http://radiophj.web.fc2.com/index.html)に記載されている。価格は2500円。
 平原さんへの連絡はEメール—
 radiophj@yahoo.co.jp

Leave a comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *