日本では最近「永代供養」の広告が目に着く。永代供養とは、従来の墓を整理して合同墓にし、お寺さんが責任を持ってその後一定期間の供養をするという仕組みである。
少子高齢化といわれて久しいが、若者の都会志向と企業の都市集中は止まらない。3年間も続いているコロナ禍で、お盆やお正月の帰省も隣近所の手前もあり実家から遠慮してほしいと言われる始末である。
以前は都会に出た学生やサラリーマン、出稼ぎなどは、お正月とお盆の里帰りを楽しみに励んだものだった。年に1~2度の帰省では、お土産の大荷物を背負い、満員列車に揺られながら郷里へ帰る。親戚や友人、皆にお土産を渡しながら都会の話をする。お盆には家族や親戚が連れ立って墓参りをして夜は宴会。都会では吹けば飛ぶような存在でも田舎ではヒーローだ。
この風習は江戸時代から続いていた。女中奉公・子守・でっち・職人の修行など、朝早くから晩遅くまで働き、お正月とお盆は帰省が許される。その希望があるから毎日が頑張れる。郷里には自分の居場所があり、受け入れてくれる家族や親類縁者がいる。
近年は子どもの数が減り、1人か2人の子どもを大事に育てる。若い世代は帰省もしないで旅行に行く者も多い。孫の顔も見られず、故郷や両親は見捨てられ寂しい思いをかみ締めている。
問題は先祖代々のお墓である。両親も子どもが女の子ばかりだと、お墓の維持まで婚家や夫に負担はかけられないと気兼ねする。墓は新しく建てると4~5百万円近くかかり、盆・暮れのお寺さんへのお礼や3回忌・7回忌など折々の年忌供養で物入りだ。それで、ある程度のところで一括払いの永代供養にしてもらう例が多くなっている。墓参りや年忌供養は親族が寄り合って絆を確かめ合い家の結束を固める機会だが、都会に出た子どもたちが都会に居着くと、故郷は遠い存在になってしまう。
お寺もやむなく永代供養を始めたり、檀家もお寺を介在しない霊園や樹木葬・散骨などを好んだり、お墓も多様化している。古くからの家族の絆のお墓を守ってきた昔堅気にはつらい世の風潮である。(若尾龍彦)
