退陣した鳩山首相の米軍普天間基地の移設をめぐる「のらりくらり」は、結局のところは、アメリカとの協議・交渉を日本の有利へと導くための意図的な作戦ではなかったことがあの「学べば学ぶにつけ、(海兵隊の部隊が)連携し、抑止力が維持できるという思いに至った」という発言で明らかになった。
鳩山首相という人物は、敬語・謙譲語を過剰に使用するその習性から察すると、どちらかと言えば「愚直」な人物なのだろう。だが、米軍の抑止力を、深く検討したあとも見せずにあっさりと認めてしまっては、身も蓋もない。これではむしろ「愚鈍」だとさえ思える。対米協議・交渉の切り札をあっさりと放棄してしまったのだから。
この「愚鈍」さをこれでもかとばかりに大衆の目にさらしてきたのは、論理的で建設的な思考ができない、こちらは正真正銘の、愚か者の首相側近たちだ。基地移設に関する首相の理想論を実現可能な政策へと結実させようとはだれも努めなかった。だから、「愚鈍」な鳩山首相が、自分の意図とは無関係にではあるが、とにかく達成した重大な「成果」にも、彼らは気がつかない。
日本の大新聞が5月中旬になってようやく、沖縄県民が言う「沖縄差別」に言及し始めた。「普天間に限らず、米軍基地そのものが沖縄には不要だ。沖縄の苦しみ=過剰な負担を分かち合おうとしない本土にはいまだに沖縄差別の心があるのだ」という意見が沖縄で高まっているという、沖縄県民に同情的な内容だ。
大新聞はこれまで、鳩山首相と民主党の混迷をあげつらうだけで、沖縄県民に長年にわたって大きな苦しみを押し付けてきて平然としている自民党の機関紙なみの報道しかやってこなかったのだから、これは大きな進展だ。
鳩山首相が達成した重大な「成果」というのはこのことだ。沖縄県民の心を、図らずも、ではあるが「やっぱり基地はいらない」と再びまとめ上げたことだ。本土の国民がいかに利己的であるかをすっかり明らかにしたことだ。
普天間基地の移設に関する対米・対本土協議・交渉は今後、この「沖縄県民の心」を中心にすえて、それを切り札として行われなければならない。それが民主党=本土政府の責務だ。【江口 敦】