カリフォルニア州の真ん中あたり、フレズノにある野本一平氏のご自宅を訪ねたのは、1年前の春のことでした。家の前には満開の桜が咲き誇り、遠方からの訪問を歓迎されているようでした。野本氏との縁は、私がこの欄に書いた円空の文章を読まれて、ご自身が以前書いた円空の論文と共に手紙を頂いたことから始まりました。独自の感覚で円空をしたためる私の文章に少しの戸惑いもみせず、生徒を思うような愛情の溢れる手紙でした。私はすぐに円空のビデオと、お礼の手紙を送ったのでした。それ以後、羅府新報の木曜随想で書かれる野本氏の文章から伝わる言葉が、私の人生の教科書になっていました。
 訪問から約半年後、野本氏の奥さまから、体調を悪くされてサンフランシスコで入院しているとの連絡が入りました。50年近く連載を重ねる羅府新報での文章を読むことができなくなって、寂しい思いをしているのは私だけではないと考えていましたので、読者の方々を勝手に代表し、野本氏が子供の頃に読んだと聞いた『子供の四季』という古い本を手土産にサンフランシスコにお見舞いに行ってきました。入院されていた建物は、ページ通りにありました。ここは、若き日のスティーブ・ジョブズが傾倒したサンフランシスコ禅センターの慈善事業の一環として設立された施設でした。
 歴史ある外観の建物を中に入ると、そこには親切で温かみのある対応がありました。2階の個室に入ると、最初にお会いした時と同じように包み込むように迎えてくれた野本氏がおりました。奥さまからたくさんの話を聞き、あっという間に時間が過ぎた後で、私は野本氏とひとしきり握手を交わしました。そして握られる手の力がしだいに強くなっていくことを感じたのです。自身の口で語ることはありませんでしたが、元気になって必ずまた文章を書く、という強い意志を心に感じたのです。私はそれだけで会いに来て良かったと思いました。読者の方々で気持ちを伝えたいと思われている方は多いと察しています。ぜひ羅府新報あてに、野本氏への手紙を書いてあげてください。皆さまの思いが伝わって、お元気になっていただけることを願っています。【朝倉巨瑞】

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