茶道裏千家の松本宗静先生の訃報に寂しさを禁じえなかった。気安く宗静先生とお呼びできるような立場ではないことを承知で、呼ばせていただきたい。
 宗静先生の、まっすぐに背筋を伸ばした姿勢で柔和な表情で、「今日のお軸の『喫茶来』は、…」と説明してくださっていたお姿が、懐かしく思い出される。
先生は敬老引退者ホーム(現さくらガーデンズ)で長年お茶のボランティアをしてくださっていた。その関係で、お人柄に触れる機会を得られたし、お茶についても学ばせていただいた。
 季節に合ったお道具や掛け軸・花入れとお花をご持参くださり、居住者を楽しませてくださった。そこで、お稽古をつけていただく居住者もいた。お茶は、その席に着く機会を得られて、実際に体験することから、興味を持つようになるものだと思う。
 日本から来られた学生さんなど、初めてお茶をいただく機会を得て、感激する場面も多かった。掛け軸やお花、使われる道具や所作の意味など、分かりやすく話してくださるので、堅苦しいイメージしかなかった茶道がちょっと身近になって興味がわくようだった。
 その引退者ホームのお茶のクラスが映画にも登場した。2001年に公開された「ひっとべ」の撮影にも快く協力していただいた。そういえば当時の居住者は、畳に正座できた。
 そして、毎日お茶を飲んでいるから、風邪もひかない、と健康にもいいことをアピールされていた。抹茶ブーム以前から、実践しておられた。体の健康だけでなく、毎日の独服で内省的な気持ちになられて、ご自身をもてなしておられたのではないか、と推察された。
 その積み重ねから発せられる表情とお言葉に、どんなに元気づけられたことか。何か屈託を抱えているときに「お茶をのみにいらっしゃい」と、声をかけていただくだけで、留飲が下がる気がしたものだ。何も考えずに一服いただく、それで気持ちが変えられる。魔法にかかった気分だった。
 先生の誕生日にみまかられた。しかも、103歳の誕生日。大往生だったと思う。お葬式には、アクシデントで参列できなかった。「喫茶来」を思い出しながら、黙とうした。【大石克子】

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です