すぐ本題に入りたいけれど、つい他の人に合わせて「お疲れさまです」「お世話になっています」からメールを始めてしまう。頻繁にやり取りする相手にも必要なのか、なくしたら関係が悪くなるのだろうかと自問する。
 緊急事態宣言が解除された今も在宅勤務は進行中。メールや電話、Zoom、Teams、音声編集ソフトを使って、書き物もラジオ番組の制作も家にいながらできてしまう。1時間余りの通勤時間も、交通費も飲み代も節約できて恩恵を受けている。
 でも少し厄介なのが、急激に増えたメールのやり取り。時々変なメールを受け取ることもあって、言葉の使い方や伝え方ひとつで相手の印象が変わるものだと痛感する。生まれてこのかたずっと日本語を使ってきた人でも、職位の高い人にこの不自由があると一緒に働く人は大変だ。
 あるデスクは電話やミーティングでは普通だが、メールになるとなぜか攻撃的で思いやりに欠ける言葉を使う傾向があり、実際に落ち込む人もいる。別のデスクからは熟考されていない長文メールが送られてくる。何を言いたいのか分からない。
 悪気はなく単にボキャブラリーが足りないのかもしれないし、あるいは、忙しくてとりあえず送ってしまったのかもしれない。受け取る側も先入観を持たずニュートラルに受け止めることができればいいのだが、なかなか難しい。
 以前の職場の先輩も面白い話をしてくれた。通勤時間がなくなって体が楽になったそうだが、一方でメールを通じてデスクたちの性格や癖に直面してしまっているという。担当のたびに荒れるデスクもいて、その晩はお酒の量が増えてしまうそうだ。書き言葉は話し言葉よりも時間をかけて紡ぎ出されるものだから、案外メールは送り主の心の状態がそのまま現れる、つまり、その人を映し出す鏡なのかもしれない。
 メールは短めに文面を熟考して出そう、と改めて自戒を込める。「お疲れさま」や「お世話になっています」という定型文もとりあえず残しておこう。いきなり本題から入って相手がどう受け止めるか分からないから。【中西奈緒】

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です