車を降りてポーチの階段を上り始めてふと気が付くと、先ほどまでの、頭上から降るようなせみ時雨が何だか左側に移ったような気がした…が、さして気にもせず家に入ると、右の耳が高層ビルのエレベーターに乗った時のように詰まった感じ。
しきりに唾を飲み込んだり、手のひらで圧力をかけて急に離したりしてみたが効き目がない。
そのうち治るだろうと家事を始めたが、左側に物が落ちる音がして床を見たが何も落ちておらず、辺りを見回すと右側の床に読みかけの本が落ちていた。そうするうちにテレビの音が聞こえにくくなり、左耳を押さえると音量がゼロ。
コロナ・パンデミックでキャンセルした定期健診の予約を取るため内科医のオフィスに電話をして、ついでに症状を話したが主治医が留守で救急クリニックに回され、病名も原因も不明のまま「2、3日様子をみなさい」と言われて不安な週末を過ごし、月曜に主治医に診てもらうと、最初の質問が「いつから?」。3日前からと答えるとうなずいて、ステロイドを処方された。
その薬を忠実に服用したところ4日目には聴力が戻り始め、6日目、最後の一錠を飲む頃には完全に聞こえるようになりホッとした。
知人に話したところ「突発性難聴ですね」と言われ、インターネットで調べるとなるほど情報が出てきた。一週間以内に治療を始めたら40%は完治するという。
聞いた事のある病名だが身近に体験した人が居なかったせいか全く思いつかなかった。
原因ははっきりしていないらしいが、ストレス、過労、睡眠不足や糖尿病の余病だとか、この中で心当たりは睡眠不足だけ。自慢ではないが70代になって急に寝付きが悪くなり、朝は大体5時間の睡眠で目が覚める。
耳が不自由ならうそや悪口、聞きたくないことも聞かなくていいから…と冗談を言った人がいたが、聞こえないということは、自分の言っていることが相手に伝わっているかどうかも不安になる。耳の遠い人が大声で話す気持ちが理解でき、携帯電話の呼び出し音が聞こえず、ボイスメールにメッセージが次々たまった一週間だった。【川口加代子】