
ロサンゼルス地区で活動する日本、韓国、台湾、日系・アジア系米国の4カ国対抗のアジア系社会人アマチュア野球大会「Asian Adult Amateur Baseball Classic Tournament(AAABC)」が、レイバーデーウィークエンドの4日から3日間にわたり、セリトス高校で開かれた。各チームは親睦を深めながら、母国の威信にかけて全力で戦った。日本は決勝で、過去2大会で優勝を誇る王者韓国に1—13で敗れ準優勝に終わった。

大会は、2006年と09年に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、日韓のアジア勢が米国やキューバなどの強敵を圧倒したのを見て、「国を代表して戦うことは素晴らしい」と感銘を受けたマイク・ジン実行委員長がWBCを模範に発案した。「野球を通じて親睦を図り、他のアジア系との団結を強める」という趣旨に賛同した各コミュニティーが参加し、AAABCを設立。大会は2010年と13年に行われた。今年は東京五輪で野球が13年ぶりに競技に復活し盛り上がりを見せたことから、「またやろう」と、機運が高まり8年ぶりに行われた。

各チームは、母国代表のレプリカジャージーに身を包み、大会に臨んだ。各チームの選手たちは「国(コミュニティー)を代表して戦う誇りと重い責任を感じる」と、口をそろえる。代表を兼務し日本を率いた佐藤昭監督は「日の丸を背負っているだけで、テンションが上がる」と語り、東京五輪で悲願の金メダルに輝いた日本代表に続けと「プロでも金、アマチュアでも金」を合言葉に、優勝を目指しメンバーを招集した。

新型コロナウイルスのまん延により、他国のコミュニティーと同様に日系リーグは昨年4月から約1年半、対外試合ができなかったという。佐藤監督は「(コロナ禍で自主練に励んだ)選手に試合に出てもらいたい気持ちがあったときに、ちょうどこの大会の話があり、よかった。選手は試合ができる喜びを味わうことができた」と喜んだ。
佐藤監督によると、サウスベイ地区には日本人リーグが二つ(10チームと6チーム)あるが、安全面を優先させ共に日本独自の軟式球を使用している。今大会ではチームの結束を固めるためと

硬式球に慣れるために、1カ月前から練習を始めた。各選手は所属するチームの活動に参加するため、全体が集まって練習することはなかなかできなったというが、過去の対戦を徹底的に分析し電話やEメールでデータを共有し、急造チームの弱点を克服した。佐藤監督は、「頭を使い、塁に出で次につなげて、走って点を取る日本らしい野球を心掛ける」という戦術に徹した。
日本は予選3試合を戦う中で硬式球に徐々に慣れ、投手を多く使い、打者も尻上がりに調子を上げ、試合の勘を取り戻した。1勝2敗で乗り切り、大きな山だった準決勝の米国戦は0—3から逆転し、猛追を振り切り波に乗った。

「アメリカに勝てたことが自信につながり、いいコンディションの選手でベストメンバーが組めた」(佐藤監督)という決勝戦。韓国に4点を先取され、四回に1点を返したものの、その後は2番手のエース投手を攻略できず得点できなかった。予選の韓国戦は1—5の4点差だったが、決勝は大差が付いたことについて佐藤監督は、パワーや速さを要する硬式野球との違いを痛感したという。守備では強打された球足の速い内野ゴロの処理や外野のフェンス際まで飛ぶ大きなフライの捕球に手こずり、七回には大量6点を献上し試合を決められた。

敗因について「韓国は皆が硬式に慣れていて、パワーがある。これが大きな差。3試合こなして調子に乗っていたが、一枚も二枚も日本より力が上だった。韓国は毎週末、高いレベルで練習して試合をこなしているので、守備、攻撃ともにそつなく、点差を広げられた。もう少しクロースゲームができると思ったが、残念な結果に終わった」と述べた。韓国に追い付くための課題に硬式への移行を一番に挙げ「毎大会、硬式にアジャストするのに時間がすごく掛かるので、硬式リーグをつくって、対外試合をこなさなければならない」と考えを示した。今大会については「他のアジア系の野球仲間と試合をして、選手はいい思い出になったと思う。特に20代の若い日本人数選手にとっては、貴重な経験になったことが大きい」と語った。

優勝候補筆頭に挙げられていた韓国は、アズサ地域とセリトス地域で活動するリーグ(ともに12チーム)を代表したオールスターチームを結成。他の国々のリーグは、パンデミック中は活動を休止したが、韓国リーグは練習を積み試合を続け、今大会に臨んだ。準決勝の台湾戦では、エース投手を温存する余裕を見せた。決勝では投打で日本を圧倒し、王者の風格を漂わせる戦いぶりだった。
ジン委員長は大会を振り返り「アジアの国々の皆が童心に戻って3日間、一生懸命プレーしエキサイトした試合が続いた。他の国の選手と初めて知り合った選手も多かったが

笑顔で語り合い、すぐに打ち解けることができるのが野球の素晴らしさ。各国の選手は違う言葉を話すが、野球が『インターナショナル・ランゲージ』ということを改めて知った。共通の野球を通して親睦を深めることができて本当によかった。けがをした選手もいたが安全に終わり、アジア系が団結した大会になったことがとてもうれしい」と喜んだ。各チームから「毎年お願いします」と、頼まれた委員長は「よし。来年もまたやろう」と、再会を誓った。 【永田潤、写真も】



