地域ごとに住民が交流できるSNS「ネクストドア(Nextdoor)」をご存知だろうか。新しいレストランの口コミやイベント、犯罪、個人売買など、自分が住む地域の情報を共有する電子回覧板とでもいおうか。サイト上でメンバー同士がコメントし合い、コロナ禍ではご近所付き合いを深め、サービスが急成長したという。過激な政治的発言や差別的な投稿は基本的に禁じられ、プライバシーに関するルールも定められている。
9月末のことだった。19年間連れ添う妻が末期のすい臓がんであることが分かり、衝撃を受けた夫が、明日緊急手術を受ける妻のために、ネクストドアのメンバーに祈りを求めるメッセージが投稿された。わらにもすがる思いで男性が発したこのメッセージに、わずか数日で1300人以上が励ましの言葉を寄せた。短い祈りの言葉もあれば、長文で同様の体験談をシェアする人、専門医を紹介する人もいた。
この男性が再び投稿したのは、11月の初めだった。がんとの闘いに負け、妻が旅立ったということが、笑顔の家族写真とともに報告された。男性は、想像をはるかに上回る数の暖かい隣人の言葉に深く感動し、助けられたとお礼を述べた。同時に、友人の助けを得て「GoFundMe」を立ち上げたことも告げた。収入が半減して引越しが迫る中、息子の大学資金への不安も書かれていた。
この募金サイトには、短期間で目標額を超える3万ドルが集まり、今も募金が寄せられている。男性は、目標額を超えた分を、早期発見が難しいとされるすい臓がんのリサーチのために寄付する意向を追記。中には、匿名で5千ドルを寄付した人もいた。
私が最初、この男性の投稿に気付いたのは、男性が「Mitsuyo Maeda」という日本人名を使っていたからだった。この白人男性に理由をたずねてみたところ、1878年生まれで青森県出身の柔道家・前田光世氏のことだという。自身も柔術を20年続けており、アメリカに柔術を紹介した前田氏に敬意を表して、ハンドルネームにしたと説明してくれて、親近感が湧いた。
会ったこともない他人同士だが、「ネクストドア」を通じて広がった優しさの連鎖に感動した。この世は、思いやりに満ちている。【平野真紀】