【朝倉巨瑞】 北京の国家体育場(鳥の巣)の上空に、「立春」と「SPRING」の文字の花火が上がり、昨年の東京での夏の五輪に続き、北京での冬の五輪が始まりました。政治的ボイコットだけでなく、ミャンマーやウイグルでの人権問題、香港での言論弾圧、北朝鮮のミサイル発射、ロシア軍のウクライナ侵攻など、政治的には分断された大会の様相ですが、メダルが期待される選手が出場することもあり、政治利用されない平和五輪を楽しみたいと思います。
 北京五輪の開会式では、二十四節気をテーマにしていました。二十四節気で春は六つに区切られており、春の最初つまり一年の始まりが「立春」になります。「春が立つ」日であれば、「立春」ではなく、「春立」と呼んでも良いような気がしますが、「立春」の思想には「春を立てる」という意味合いが込められているそうです。「立てる」には、「出発させる」や、「明らかにする」という意味があるようで、季節など放っておけば変わっていくのだと思えそうですが、つまり春は自らやってくるのではなく、春を希求する者によって「立て」られているものなのかもしれません。
 子どもの頃を思い起こすと、この時期、「立春大吉」と書かれた札が、玄関に貼られていることを目にすることがありました。「立春大吉」とは、見るからに縁起の良さそうな言葉ですが、縦書きで書くと左右対称の漢字が四つで組み合わさっていますので、正面から見ても裏から読んでも同じように読めます。このことから縁起をかつぎ、鬼を避ける厄除けになると考えられていたそうです。
 一年が良い年であるように、と願うのはどの国の人でも同じなのだと思います。「立春」とはいっても、一年で一番寒い時期ではありますが、目を凝らして見ると、木々のつぼみは少しずつ膨らんでいることが分かります。花開き、緑吹き、若葉が芽吹く準備が始まっています。日が少しずつ長くなり、草も風も空も、次の季節にページを変えようとしているようです。春はやって来るのではなく、見つけるものなのかもしれません。小さな春を探したいと思います。

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