信州は小布施にある岩松院を訪れました。小林一茶が「やせ蛙 負けるな一茶 是にあり」と詠んだ蛙(カエル)合戦の庭も、少し前の大雪に深く埋もれており、蛙が集まるにはもう少し暖かい季節を待つ必要がありそうでした。生涯で93回も転居をしたという葛飾北斎の人生最後の旅路に選んだ小布施の小さな寺には、88歳の時から約10カ月をかけて天井に描いた「八方睨(にら)み鳳凰(ほうおう)図」がありました。
 絵の大きさは畳21枚分ですから、見上げるとかなりの大きさに圧倒されます。絵をどこから眺めても、鳳凰の眼光はこちらを睨みつけています。また影の部分には富士山を隠し絵にし、羽の輪郭部分は見る方向によって色が違って見えるように計算がされています。他には訪問者もいない静かな寺に残る晩年最大の大作に、寒い境内でしたが、じっと天井を見つめる時間が続きました。
 鳳凰は中国の神話に由来する伝説の鳥です。36種の羽を持つ動物の長であり、天子が治める平和な世にのみ姿を現すとされています。この絵を描き終わって90歳で亡くなる北斎ですが、自身亡き後も徳や知恵、そして平和な世を監視しているぞという意味を込めて、天井から睨みつける絵を描いたのかもしれません。約180年も前に描いたままの絵の具の色が今でも鮮やかな色彩で、寺の歴史や北斎のエピソードを説明してくれる係の方の話では、あと200年くらいは保たれるだろうと言っていました。画狂老人卍と自ら称した北斎の生きざまを、今でもさらし続けていることを感じさせました。
 北斎が生きた江戸時代の約260年間は、日本では大きな戦争が起きませんでした。一方で、同じ頃のヨーロッパでは三十年戦争やフランス革命、アメリカでは独立戦争が起きており、国境を変え利権を得るための戦争が世界中で続いていました。その後の世界は戦争の歴史になります。ご存じのように、もちろん現在でもそれは変わっていません。伝説の生き物を現すことで、平和を守ろうとする人類の知恵があった時代に、私たちは、何を悟れば良いでしょうか。【朝倉巨瑞】

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