いよいよ大台に乗せた、といっても株の話ではない。何だかんだ言っているうちに、ふっと気が付くと80歳になってしまった。
 祖父が73歳で他界した時に、お通夜に来た人たちが口々に「長生きなさってよかったですね」というのを聞いて、子ども心に73歳というのは長生きなのだ、と思ったものだ。今から70年も前のことである。
 その70年の間に人類の平均寿命は延び続け、73歳などまだまだ若いうちである。
 最初に年を取ることが気になったのは成人になった時で、なぜか「これで自分の人生も終わりだ」と思い泣きたくなるほどつらかった。これで人生の「楽しい部分は終わった」という気がした。
 その後は就職、渡米、結婚、出産、子育てと立て続けに忙しく、自分の年齢を考える間もなく、次に気が付いたのは50歳。なんと半世紀である。それでも母親業を半分に削って再就職し、一人前にソーシャル・セキュリティーがもらえるまでと結構仕事にかかずらわっていたし、仕事が面白かったから、「ああ半世紀」、で済んだ。
 65歳になったときはメディケアの仲間入りができてほっとし、「もうすぐ大手を振ってリタイアできる」と一度は思ったが、その必要もないままに75歳になったら夫が突然、断りもなしに他界した。
 そのうち一緒に日本へ行こう、という約束を一方的にほごにされ、楽しみが前触れもなく消えてしまった。
 寂しさを振り切るように働きながらも、退職しようか、パートタイムに切り替えようか、行けるところまでフルタイムで頑張ろうかと、時には真剣に、時にはいい加減に考えているうちに5年経ってしまい、今や長生きと言われた祖父の享年に之繞(しんにゅう)が付く年齢である。。
 突然自分の背後で消えてしまった80年、一体その歳月はどこへ行ってしまったのだろう。時は金なりと言う。無駄にするほどの金は持ったことはないが、時だけは人並みに頂いたのに、何だか無駄に過ごしたような喪失感に襲われて落ち込んでいたら、息子夫婦が誕生祝に贈ってくれた色とりどりのバラの花が、窓際で静かに香っていることに気が付いた。【川口加代子】

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