拠点を再びロサンゼルスに移し、活躍が期待される小松哲さん

 早稲田大学在学中よりミュージシャン・ギタリストとしてのキャリアをスタートさせ、卒業後ロサンゼルスの音楽学校「Musicians Institute of Technology (MI)」に留学しジャズインプロビゼーションを学んだ小松哲(あきら)さん。卒業時にヒューマンリレーションアワードを受賞。帰国後はMI東京校など都内音楽学校にて講師をする傍ら、ギタリスとして演奏活動とレコーディング、作曲家としてテレビCM、企業PRビデオ、インディームービーなどの映像音楽を多数制作する。映画監督・山川直人氏の作品にも多く関わった—。そんな日本での経歴に終止符を打ち、2016年にロサンゼルスに舞い戻った。以来、作曲家としてライブラリー音源やインディームービーの音楽を制作している。
 日本での順風満帆な生活を捨てて再渡米した理由は?
 「『暖かい気候が好き』という理由はさておき、留学を終えて帰国した後も、どうすれば実現するかは分からなかったものの、いつかまた米国で暮らしたいと思っていました。そんなある時、Oビザというものがあることを知ったんです」
 Oビザはスポーツ選手や科学、芸能において実績がある人に発給される米国の査証で、小松さんが日本で培った経歴は資格を満たすのに十分だった。「夢がかなうなら行くしかない」と再渡米を決断した。
 でも、なぜ米国なのか?

ミュージシャン・ギタリストとしてキャリアをスタートさせた小松晢さん

 「僕が子どもの頃の1970年代は米国文化の影響が色濃かったですよね。中でも衝撃を受けた映画がこれ、76年の米映画「Kenny & Company」(邦題ボーイズ・ボーイズ/ケニーと仲間たち)です」と、小松さんはDVDを指し示す。同作はティーンエージャーになろうとする少年たちを描いたコメディードラマだ。さらに同映画のドン・コスカレリ監督が主演の子役A・マイケル・ボールドウィンらと次に制作して世界をあっと言わせたのが、79年のホラー映画「ファンタズム」だった。「ケニーと仲間たち」が小松さんの米国への興味の原体験である一方、カルトホラーの傑作といわれる「ファンタズム」シリーズは、現在、恐怖映画やサスペンスドラマ向けの音楽を多く手掛ける小松さんの、映画音楽の原体験と言えるものだったという。
 ロサンゼルスに落ち着いてから作曲家としてライブラリー音源やインディームービーの音楽を多数制作している。また、オーケストレーションと映画音楽研究における第一人者のノーマン・ルッドウィンにオーケストレーションとノントーナリティの指導を受け、ホラー・サスペンス向けライブラリー音源を制作し2枚のアルバムを発表した。音源は米国のみならず世界各国でライセンス契約されている。新型コロナウイルスのパンデミック期間中は「Quarantine Music Chain with Kenny G」などさまざまなオンラインプロジェクトに参加した。
 音楽を共作した長編ドキュメンタリー映画「Still Strumming」が完成し、9月25日にオレンジ郡サンタアナの「フリーダシネマ」でプレミア上映が行われたばかり。脳腫瘍で命を落とすことになった若きギタリストを追ったインディペンデント映画で、作曲に当たっては「主人公の音楽性を意識した音楽づくり」が要求されたという。同作のディエゴ・ラミレス監督は小松さんについて「何と言っても秀でたアーティストで、素晴らしいコラボレーター。自分のプロジェクトであろうと他の誰かのためであろうと、彼の作る音楽には独自のアイデンティティーがある。アキラは、主導力と彼の気さくな性格の点で本当に驚くべき人物だ」と述べている。
 映画音楽制作の魅力は、作品と一体になって創作する過程と、それをやり遂げた時の達成感。日本に帰りたいと思うことはない。また、日本人やアジア人であることを前に出すこともないと言う。
 「『日本人だからニンテンドーみたいな音楽ができるだろう』と言われたことがあるけれど、僕はゲーム音楽はやらないので断りました。仕事の依頼は、僕が作る音源のサンプルをあらかじめ聞いた人からくるので、僕が日本人であることは仕事には関係ないと思う。一つ一つの仕事を積み上げていくだけです」と話す。
 現在、次の映画音楽のプロジェクトが進行中。また、自己作品のブタぺスト・オーケストラによるレコーディングを準備している。
 小松さんのホームページ—
 www.akirakomatsu.com

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