3カ月留守をしてシアトルに戻ると、自宅は落ち葉に埋もれていた。樹齢300年近いわが家のカナディアンメープルが種子と枯葉をどっさり落とし、吹き寄せられた葉は積もったまま堅く凍りついている。寒が緩むのを2、3日待ってようやく庭の片付けを始めたところ、山のように重なった落ち葉の下に蕗の薹(フキノトウ)を見つけた。
目を凝らせば、枯葉の下のあちらにもこちらにも。緑色の球形が黒い土の間に見え隠れしている。例年はもっと大きくなってから気付く蕗の薹だが、早めに気付いたのを機会に料理してみようと思い立った。
食べたことはあるものの、料理するのは初めて。タブレットを開けて、オンライン上のレシピが頼りだ。まずは、蕗の薹について正確に知ることから始まった。蕗の薹は蕗の花で、この花が咲いた後に地下茎から葉が伸びてくる。普段食べる蕗というのは、この葉柄というわけだ。
丸いままの蕗の薹を洗って、きれいに拭く。花芽を覆っている葉を一つずつ広げるとちょうど花びらのようになる。そこに軽く小麦粉か片栗粉を振って、天ぷら生地をつけてカラリと揚げると蕗の薹の天ぷらの出来上がり。ちょっと苦味を感じるおいしい野菜天は、塩で食べても、天つゆで食べても良し。その夜の食卓を囲んだ10代から70代までの家族全員に好評だった。
熱湯で数分ゆでてから水に放ってアクを抜けば、おひたしや「蕗の薹みそ」も良いらしい。蕗の薹を料理するという新しい経験に、ちょっとうれしい一日だった。
裏庭の蕗は昔、当時の職場の同僚から貰ったものだ。「フキ欲しい?」と尋ねられ「ウン」と答えると、持ってきてくれたのが何と植栽用に根も土もついた蕗。すぐに食べるつもりで待っていた私はちょっぴりお預けを食った思いで庭の片隅に植えたのだが、それから20年近くなる。以来、蕗は毎年増え続け、時には人に根付きの蕗を分けるようになった。あの同僚は今どうしていることか。料理用に知人から貰った山椒(サンショウ)の木、別れの記念にと夫が友人から贈られたプラムの木。どれも大きくなった。裏庭は思い出の庭でもある。(楠瀬明子)