
「性別に基づく暴力(Gender Based Violence = GBV)」をなくすための世界的取り組みを行うコヤマダ国際財団USA(KIF・USA)が、小東京のテラサキ武道館で2日間の護身術無料セミナーを開催した。全米空手道連盟(USA・NKF)との共催で、指導講師は空手女子世界チャンピオンのエリサ・アウ(米国)さんを中心に、東京五輪空手女子形代表の國米櫻さん(米国)と同空手男子形優勝の喜友名諒さん(日本)が指導に参加した。

危険に遭遇した時の心得は、まず第1に逃げること、第2が安全な場所に隠れること、第3に、他に道がない場合にのみ、戦うこと。「その場合、戦うからには、必死で戦おう」と、講師のアウさんが切り出した。実習は、後ろから羽交い締めにされた時、ポニーテールをつかまれた時、喉を抑えられた時などの状況を想定して、逃げ道を作るための動作や反撃のコツを指導した。受講者は國米さんや喜友名さんを相手に暴漢役と被害者役になって体を動かしたり、受講者同士がペアになって動きを練習したりした。
デモンストレーションでは世界空手チャンピオン4回、東京五輪形優勝の喜友名さんが迫力ある演武を披露した。喜友名さんは沖縄在住で、特別ゲストとしての訪米。米国代表の國米さんも気合のこもった演武を披露し、2人は拍手喝采を浴びた。
主催のKIF・USAはハリウッド俳優の小山田真さんと妻のニア・ライテさんが行う慈善事業団体で、昨年10月、女性の権利促進と擁護を支援する「国際ジェンダー事業」として「ガーディアン・ガールズ・空手プロジェクト」を立ち上げた。武道や護身術の訓練を通じて心技体を磨き上げることにより、性別に基づく暴力撤廃を目指している。今年中に、女性向けの護身術セミナーを世界各地で開催する。すでにエジプト、スペイン、モロッコ、米国で行い、6月に日本、その後にアイルランドとハンガリーを予定している。

指導への参加は今回が2度目という國米さんは講習後、「女性のためにこのようなイベントを開催することは非常に意味があると思う」と話し、「女性に力と強さがあると示すことは重要だ」と強調した。
国連の統計によると、女性に対する暴力は過去10年間ほとんど変わらず、依然として壊滅的にまん延している。しかも最新2021年のデータでは驚くほど若くして始まっていることが示されている。それは、生涯を通じて女性の3人に1人に当たる約7億3600万人が、親密なパートナーからの身体的暴力や性的暴力、あるいはパートナー以外からの性的暴力を受けていると同時に、交際経験のある若い女性(15〜 24 歳)の 4 人に 1 人は、20 代半ばまでにすでに親密なパートナーからの暴力を経験しているというものだ。国連人口基金(UNFPA)はジェンダー平等と女性に対するあらゆる形態の差別と暴力撤廃のために、発展途上国などに住む少女や女性に目を向けている。
確かに、欧米諸国に比べて女性の権利が制限されている社会では女性が暴力被害に遭いやすいことが想像できる。だが、実際には先進国でも女性は被害者になりやすい。

セミナーを受講したレネ・フレージャーさんは、ロサンゼルス市内でホールドアップに遭った経験を他の受講者に共有した。ハリウッドで白昼、一緒にいたきょうだいが銃を持つ犯人にヘッドロックされ、携行品を差し出さないと殺すと脅かされ金品を奪われた。フレージャーさんは「今日のセミナーを受講して、ヘッドロックから逃れる方法があったと分かった」と話し、「できることがあると知れば、自信が湧いてくる。『自分は強い』と感じる感覚は大事。ロサンゼルスに住んでいたら弱くては生きていいけないから」と目を輝かせた。
短時間の講習を受講者した女性が1日のうちに熟練した護身術の使い手になれるわけではないかもしれないが、講習を通じてイメージトレーニングをしたことにより、実際の窮地で少しは良い対処ができる。何より、とっさの場面に対処で できるという自信を得られることが、弱気や過去の傷を抱える心に、力を与える。
「ガーディアン・ガールズ」発足のきっかけは2019年11月、ケニアのナイロビで、小山田さんが国連人口基金(UNFPA)の会議にスピーカーとして参加したことだった。武道を通じてジェンダーに基づく暴力を撤廃するという小山田さんのアイデアから、UNFPAと世界空手連盟(WKF)が手を結ぶ官民パートナーシップ事業 が生まれた。小山田さんらは当初は女性の権利意識が薄い発展途上国にこそ必要だと考えていたが、米国にもこのようなプロジェクトを必要とする現状があることが分かったという。
小山田さんのパートナーであるライテさんによれば、ロサンゼルス市警(LAPD)にかかるドメスティックバイオレンス(DV)の緊急要請電話は年間4万2千件あり、その発生率は国連の世界データに劣らない。

現在KIFは米国本部のほか日本、アフリカ5カ国、南米2カ国に支部があり、これからアフリカを中心に東南アジアや米国などの各地で女性のためのプログラムとして拡大していきたい考えだ。
小山田さんは、「日本には9大武道があり、その訓練は技術の向上だけでなく、精神面の鍛錬も含まれている」と強調する。暴力の加害者は外見を見て「この女性なら手を出しても大丈夫そうだ」とつけ込んでくる。そのようなことを防ぐために、武道を通じて少しずつ対応力を身に付け、精神のオーラを強めていってほしいと望む小山田さんは「教えるのは護身術だが、自信、励み、人格形成に役立ててもらいたい」と話す。将来には3〜9カ月単位で参加できる常設のガーディアン・ガールズ・アカデミーの開校や、空手以外の武道への発展を描いている。
UNFPAによれば、女性と女児に対する暴力は世界で最もよく見られる人権侵害の一つである。先に挙げたデータでは3人に1人というが、身体的な暴力や性被害だけでなく、言葉や態度によるハラスメントまで範囲を広げれば、ほとんどの女性が過去に何らかの嫌な思いを受けた経験があるはずだ。そしてその多くが、なかったこととして扱われたり、胸の奥にしまわれたり、暴力を受けたと認識されてこなかった。
「女性だから暴力を受ける。それを黙っている時代は終わった。私たちは2023年に生きている」とライテさんは言う。「これから大人になる子どもたちや将来の世代のために、女性が男性と同等の権利を持っていることを伝え、武道で精神をコントロールする仕方があると伝えていきたい」
KIFのウェブサイト—
http://kifusa.org/guardiangirls/
(長井智子、写真も)