夫の郷里、高知にて。「昨日は、海外からの大きなクルーズ船の寄港があって」と、タクシーの運転手。「台湾からの直行便が週2回飛来するようになったし、日曜市はこれまで見たこともないほどの人出よ」と、久しぶりに会った友人は興奮気味だ。
 新型コロナによる入国制限や行動制約が消えた日本では、この春は観光地にどっと人が繰り出した。高知も例外ではないが、その上4月から高知県出身の植物学者、牧野富太郎博士をモデルにしたNHK連続テレビ小説「らんまん」の放送が始まり、人出に輪をかけている。
 NHKの朝の連続テレビ小説、通称朝ドラは、1961年の開始以来、半年または1年にわたり平日の毎朝全国放送されるとあって、影響はすこぶる大きい。これといって大きな産業のない高知県では、観光は大事な要素だ。かつて、NHKの日曜夜の「大河ドラマ」で坂本龍馬が主役となった時は、その後数年にわたって大勢の観光客がやってきたという。
 高知市近郊の佐川町は郷土の生んだ偉人、牧野富太郎博士の生涯のドラマ化を目指し何年も運動を続け、それが実って今回の「らんまん」となったと聞く。ドラマの影響で観光客はぐんと増え、高知市内の五台山にある牧野植物園の1日の入場者数はコロナ前の2倍と報じられていた。高知市中心部の日曜市は人であふれ、名所・桂浜行きのバスも混んでいる。
 地元では、普段は朝ドラを見ない人さえも「らんまん」を見ていて、「土佐弁をよう調べちゅう」「忘れちょった懐かしい言葉さえあったがやき」と、会話が尽きない。県外人の私には、話の展開に加えて、幕末から明治へと人々の暮らしが変化していく様子を画面に見るのは新鮮で興味深い。小学生の頃読んだ伝記では偉人であった牧野博士が、実は、自分の道を極めるために実家の身代をつぶしたらしいことを知るのは少々つらいが、もともと変わり者の少なくない土地柄だ。
 高知のために、この「らんまん」効果がなるべく長く続くことを願うのみ。「わしゃ、今度はジョン万次郎が主役のドラマを待っちゅうぜよ」と早くも次を期待する声もあるが、その実現はずっと先のことだろう。(楠瀬明子)

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