イノウエ元議員の肖像画除幕式に参加したハワイ議会代表団の議員とイノウエ氏の家族ら=連邦議会議事堂

 ハワイ州選出の4人の連邦議会議員がこのほど、連邦議会議事堂で故ダニエル・K・イノウエ上院議員の肖像画の除幕式を行った。ハワイ州議会代表団として除幕を行ったのは上院のメイジー・K・ヒロノ議員とブライアン・シャッツ議員、下院のエド・ケース議員とジル・トクダ議員で、ハワイ出身のイノウエ議員の功績をたたえた。


 イノウエ議員の息子のケンさんと、義理の娘ジェシカさんらを含むイノウエ氏の家族、民主党のチャック・シューマー上院院内総務(ニューヨーク州選出)と共和党のミッチ・マコネル上院院内総務(ケンタッキー州選出)も参列した。

副大統領時代のバイデン氏(左)と会話するイノウエ元議員。右は故アイリーン・ヒラノ・イノウエ夫人

 イノウエ氏の肖像画はマウイを拠点に活躍する画家のカーク・クロカワさんによって描かれたもの。肖像画は議事堂の上院議場のすぐ近くに展示され、上院のリーダーシップ・ポートレート・シリーズで初の有色人種の肖像画となる。
 ヒロノ議員は「イノウエ上院議員とは何十年もの間一緒に仕事をしてきたので、彼の功績および人生をたたえることができてとてもうれしい。彼が残した偉業はハワイとここ上院で生き続けており、この肖像画は今後何年にもわたってそれを思い起こさせる重要なものとなるだろう」と述べた。
 シャッツ議員は、イノウエ氏がハワイと米国のために尽力し、多くの人々に尊敬され愛されていたと述べ、「彼の肖像画は上院に展示されるにふさわしい。傑出した功績と計り知れない貢献は、何世代にもわたって国民の生活を向上させ続けるはずだ」と賛辞を贈った。
 ケース議員は「米国で上院議員を務めた人は2千人ほどしかいない。さらにその中で、その功績をたたえられ人々の記憶に残っているのはごくわずかだ」とし、「イノウエ上院議員は、公共奉仕の質、模範、そして永続的な功績によって、この栄誉と追悼に値する。彼の功績から得られるのは、国への信念、価値観へのコミットメント、理想への着実な責務という時代を超越した教訓であり、来るべき機会と挑戦への指針となる」と思いを語った。
 そして、トクダ議員は「イノウエ氏が逝去して10年以上たった今も、彼の功績はさまざまな障壁を打ち破り続けている。米国上院に肖像画が展示された最初の有色人種として、彼はロールモデルおよびインスピレーションであり続けるだろう。政府は国民を代表し反映している時に最も効果的に機能する。イノウエ氏はそれを思い出させてくれる」と述べた。


 名誉勲章受章者であるイノウエ氏は、第2次世界大戦中、第442連隊戦闘団と共にヨーロッパに従軍し負傷して右腕を失った。同戦闘団の旗は肖像画にも描かれている。ジョージ・ワシントン大学ロースクールで法学博士号を取得後、1953年に当時まだ準州だったハワイで下院議員に当選し、57年には上院議員に、59年にハワイが州になるとイノウエ氏はハワイ初の連邦下院議員に選出された。62年に上院議員に初当選。58年間、一度も落選したことはない。70年代には上院ウォーターゲート委員会の委員を務め、80年代にはイラン・コントラ疑惑を調査する特別委員会の委員長を務めた。
 日系米国人として初めて連邦議会の上下両院議員を務めたイノウエ氏は、年功序列で2010年に上院臨時議長となり、副大統領、下院議長に次ぐ大統領継承順位第3位となった。21年にカマラ・ハリス氏が副大統領に就任するまでは、米国史上最高位のアジア系米国人政治家だった。
 12年に88歳で死去した時、イノウエ氏は最も長く在職した米国上院議員であった。死後に大統領自由勲章を受章し、ホノルル国際空港は改名してイノウエ氏の名を冠した。また、米国海軍の駆逐艦にもその名前を見ることができる。


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