ロシア侵攻で、全人口4100万人のウクライナから640万人が国外に避難を余儀なくされている。難民で思い出すのは、「ボート難民」と呼ばれたベトナム難民だ。ベトナム戦争という内戦に負け、崩壊した南ベトナム(ベトナム共和国)から250万人のベトナム人が米国はじめ第三国に亡命した。「歴史は繰り返さないが、韻は残る」(マーク・トウェイン)。50年前のベトナム難民は、形を変えてウクライナ人に「韻を残して」いる。
その「ベトナム共和国」が、カリフォルニア州ウェストミンスターで生き続けている。通称「リトルサイゴン」。旧正月のお祝いを兼ねたベトナム語新聞の47周年記念行事に招かれた。黄色地に赤の3本線を引いた「ベトナム共和国」の旗が大通りになびいていた。街の広場には、赤と黄色のアオザイに身を包んだ女性や正装した男性たちが集まり、強烈な爆竹とにぎやかな笛と太鼓に合わせてドラゴンダンスを所狭しとばかりに踊る。伝統料理フォーやコムタムも振る舞われた。
移住時、発刊され、今も続くイヤーブックが陳列してあった。当初は数ページだったのが現在では数百ページの分厚い本になっていた。広告欄も当初は小売・サービス業だったのが、その後、医者、弁護士、会計士といった職種へと米社会への進出を如実に示していた。
祖国の文化・伝統を若い世代に伝える運動家の一人、グェンさん(60)は「子どもたちの米国化が進む中で、『祖国』をどう継承していくのか、日系米国人に学びたい」と熱っぽく語る。米国の中の反共国家「ベトナム共和国」は百年後、どうなっているのだろうか。(高濱 賛)
