
このコラムでも既に何度か書きましたが、ロサンゼルス・フィルハーモニック(LAフィル)の音楽・芸術監督であるグスタボ・ドゥダメルは、今シーズンを最後に、2009年の就任以来17シーズンを共にしたLAフィルを去ります。今シーズンは、「グラシアス・グスタボ」と題し、特別なコンサートやイベントが目白押しです。
その一環として、5日に、その週末のコンサートに向けた公開リハーサルが行われました。普段は、メディアのメンバーでもなかなか入ることが許されないリハーサルを、チケットを売り出して一般公開したのです。同じ日の夜に演奏する曲の最終リハーサルということで、曲全体を通して演奏しながら、気になる箇所を微調整するくらいかと思っていたのですが、特に1曲目のベートーヴェンの交響曲第6番「田園」は、かなり細かく同じところをやり直し、その際にも何をどうしてほしいのか、非常に具体的に分かりやすく説明していました。「田園」ほどの有名曲であれば、オーケストラメンバーにとってもドゥダメルにとっても、演奏し慣れたものであるにもかかわらず、もっと良くするために常に新しい表現と視点で取り組んでいる姿を垣間見ることができました。
休憩を挟んで、2曲目のトーマス・アデス作曲の「インフェルノ」は、LAフィルが19年にアデスに委嘱し世界初演した作品で、2022年にライブ録音したものはグラミー賞に輝いた、いわば「お家芸」とも言える作品です。時間の制約(アメリカはユニオンが強いので、時間には厳しいです)もあってか、こちらは全曲を通した後に一カ所だけ簡単にやり直しただけでした。リハーサル終了後に、2人のオーケストラメンバーが舞台に残り、ドゥダメルのリハーサルがいかに的確で細かく妥協がないか、ということなどの舞台裏を話してくれました。その翌日に、実際にコンサートを聴くと、リハーサルで確認しやり直しをした部分はどうなったのかが気になり、いつもとは違う聴き方、楽しみ方になりました。
ところが「田園」の2楽章の終わり近く、フルートがソロで鳥の鳴き声を表す美しいメロディーのところで、携帯電話が鳴り響いたのです。そこは、オーケストラの他のメンバーは誰も演奏しておらず、フルート1本だけの聞かせどころで、聴衆も耳を澄ませている中、携帯電話の音が何度も鳴り続け、本当にフルーティストが気の毒で仕方ありませんでした。すると驚いたことに、その2楽章と3楽章の間に、ドゥダメルが客席の方に振り返り、「彼らには集中力が必要です。携帯電話などの確認は、何度やっても、やり過ぎということはありません。必ず消音モードにしてからポケットに入れて下さい」と話したのです。これは異例中の異例のこと。ドゥダメルは言わずにはおられなかったのでしょう。その後の3楽章以降の演奏に影響がなかったのは、さすがでした。
「インフェルノ」は圧巻の演奏で、客席にいた作曲者のアデスも終演後に舞台に招かれ、非常に満足したような表情に見受けられました。アデスとドゥダメル、アデスとLAフィルのつながりの強さを感じさせる名演でした。
リハーサルと本番は、違った面白さがあります。リハーサルを絶対に見せたがらない指揮者や演奏家もいます。自分の間違いや本音などが出てしまうこともあるからです。だからこそ、語弊を恐れずに言うと、リハーサルは本番より面白いのです。
おがわ・ひろこ
神戸大学教育学部音楽科卒、同大学院修士課程修了。声楽、器楽、合唱、バレエなどのピアノ伴奏者、および合唱指導者。現在、南加日系合唱連盟会長。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員。
