羅府コラムニスト小川弘子さんの音楽エッセー

 国際サッカー連盟(FIFA)主催のワールドカップが、メキシコ、米国、カナダの北米3カ国共催で開催されています。試合だけでなく、オープニングセレモニーもメキシコシティー、トロント、ロサンゼルスの3カ所で行われ、LAの会場となったロサンゼルス・スタジアムには、ケイティ・ペリーをはじめとするビッグスターたちが登場しました。

 でも、クラシック音楽ファンにとってのサッカーワールドカップといえば、三大テノールです。世界屈指のテナーである、ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッティの3人と、オーケストラを率いる指揮者ズービン・メータが、1990年7月7日、ワールドカップ・イタリア大会の決勝戦前夜に、古代ローマの遺跡である世界遺産カラカラ浴場で行ったコンサートは、テレビ中継され、世界54カ国で8億人が視聴しました。このレコードおよびCDは、総計千万枚以上を売り上げ、ギネス世界記録に「最も売れたクラシック音楽」のカテゴリーとして掲載されています。

 この三大テノールによるコンサートのきっかけとなったのは、その3年前に、40歳というオペラ歌手としてのキャリアのピークで急性リンパ性白血病を発症し、一時は生命の危機も危ぶまれる状態でありながら、奇跡的に復活したカレーラスを元気づけようという、ドミンゴとパヴァロッティの熱い思いでした。世界中にカレーラスの舞台復帰を見せる絶好の機会になる、という友情あふれるアイデアだったのです。コンサートの収益の一部は、カレーラス自身が設立した、ホセ・カレーラス国際白血病財団に寄付されました。3人のサッカー愛も、この日にこのコンサートを実現させるための大きな要素でした。

 そのコンサートで歌われ、それまでオペラを知らなかった人々にも大きな印象を残したのが、プッチーニ作曲のオペラ「トゥーランドット」の中のアリア、「誰も寝てはならぬ」です。音楽的な素晴らしさに加え、曲の最後に3度も繰り返して歌われる、「vincero(勝つ)」という歌詞が、ワールドカップという勝負の場に打ってつけでした。続く94年(米国)、98年(フランス)、2002年(日韓共催)の3大会でも、三大テノールによるコンサートが行われ、もちろんこの曲は再び歌われ、ワールドカップの代名詞のようにもなりました。ドジャースタジアムでのコンサートに行った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 ローマとロサンゼルスの大成功から、ワールドカップとは関係なく、三大テノールのワールドツアーが組まれ、日本や米国、ヨーロッパでも、そのたびに非常に高額なチケットが完売するほどでした。要するに、最初の意図とはかなり違って、一大ビジネスと化したわけです。それまでオペラには全く興味のなかった人が少しでもオペラに触れる機会となったという部分と、クラシック音楽を「俗化」したという一部評論家の辛辣(しんらつ)な意見と、功罪相半ばするともいわれる三大テノールコンサートは、パヴァロッティの体調の悪化に伴い、2003年が最後となりました。2007年にパヴァロッティが亡くなった後に、カレーラスとドミンゴには、他のテナーを加えて新たな三大テノールとして活動するという提案がされましたが、彼らは決して首を縦に振ることはありませんでした。

 今も、彼らのコンサートをユーチューブで見ることができます。今と比べると、音質も画質も良くはありませんが、40代、50代の若々しい彼らの歌声を聴き比べてみませんか?

おがわ・ひろこ


神戸大学教育学部音楽科卒、同大学院修士課程修了。声楽、器楽、合唱、バレエなどのピアノ伴奏者、および合唱指導者。現在、南加日系合唱連盟会長。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員。

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