昨年11月、当コラムに「おばあちゃんと呼ばないで」という一文が寄稿された。今年白寿(99歳)を迎える柴田トヨさんという女性の詩集「くじけないで」(飛鳥新社)を紹介したものだったが、筆者の川口加代子氏が「柴田さんから力をいただき、生き方の知恵をいただいてください」と書かれていたので、私もその詩集を入手し、柴田さんの詩にふれさせてもらった。
本に記された説明によると、この本は著者が詩を書き始めた平成15年からの作品を集めた処女詩集なのだそうだ。百ページそこそこの小冊子であり、私はつい夢中になって一気に全部読んでしまった。どこにでもいそうな主婦が90歳を過ぎて詩作に挑んでいるのだが、前向き発想とみずみずしい感性がすべての詩に満ちあふれている。
「風と陽射しと私」
風が/硝子戸を叩くので/中に入れてあげた/そしたら/陽射しまで入って来て/三人でおしゃべり/おばあちゃん独りで寂しくないかい?/風と陽射しが聞くから/人間所詮は独りよ/私は答えた/がんばらずに/気楽にいくのがいいね/みんなで笑いあった/昼下がり。
「忘れる」
歳をとるたびに/いろいろなものを/忘れてゆくような/気がする/人の名前/幾つもの文字/思い出の数々/それを寂しいと/思わなくなったのは/どうしてだろう/忘れてゆくことの幸福/忘れてゆくことへの/あきらめ/ひぐらしの声が/聞こえる。
これがとても老女性の言葉とは思えない。トヨさんはご自分が百歳に近い年齢であり、体力の減退、物忘れの激しさを正直に認めた上で、ときには忘れてゆくことの幸福、忘れてゆくことへのあきらめをむしろ楽しんでいる。
明治のごく普通の家庭で生まれ育ち、苦難に満ちた人生を送った作者だからこその心の叫びと意地なのだろう。感動を超え敬意すら感じる。
この詩集は最後に「人生、いつだってこれから。だれにも朝はかならずやってくる。一人暮らし二十年。私しっかり生きてます」と締めくくっている。この詩集から生きる元気と、多くのことを学ばせてもらった。【河合将介】