♪ウへッフォムフフィテ、アハルコフホフホフホフ…このフレーズを正しく発音し、しかもメロディーを正確に口ずさむことができる人は、おそらく60歳以上の人か—。
ちょうど50年前の1963年5月、全米に先駆けて加州フレズノのラジオ局が「スキヤキ」のタイトルで放送すると、1カ月後にはヒットチャート1位に。その後は70カ国以上で発売され、1500万枚を超える大ヒット。今では世界で一番有名なジャパニーズソングともいわれる「上を向いて歩こう」。
この「ウへッフォムフフィテ…」は1961年、坂本九が日本でレコーディングした時の歌い方だ。これを聴いた作詞の永六輔は、思わず耳を疑った。「何なんだ、これは!? ふざけるな! 日本語をもっと大切に歌ってくれ!」と怒鳴りつけた。19歳のロカビリー・アイドル九ちゃんの歌い方はふざけているようにしか聴こえなかったのだろう。作曲の中村八大がその場を取りなしたという。
作詞者の思惑とは関係なく、外国人として初めて全米レコード協会のゴールドディスク大賞を受賞した「上を向いて歩こう」。なぜ涙がこぼれるのか、どうして一人ぼっちなのか、なぜ悲しんでいるのか、性別は、年齢は…?
歌詞の中に何も手掛かりはない。一般的には、失恋した若者が一人夜道を帰る情景を歌ったものと理解されているが、意外なことに永六輔は「60年安保闘争に敗北して、デモから戻る時の心情を書いた詞だ」と告白している。
反安保のうねりの中から生まれたこの「上を向いて歩こう」は今年、英BBCの「世界を変えた20曲」としても「Amazing Grace」「Blowin’ in the Wind」「Imagine」などと共に選ばれた。半世紀前のアメリカ人に「戦争で敵対した日本人は決して不可解な民族ではなく、美しく繊細な感情表現ができる自分たちと同じ人たちだと気付かせた名曲」との選考理由。
日常的で平易な言葉でつづられている歌詞。一人ぼっちの悲しみの先に希望の光がほのかに見えてくる。若い人たちの間でも、九ちゃんがR&B調に歌う「ウへッフォムフフィテ…」は東日本大震災の復興応援歌の一つとして歌われているほどに、世代を超えて新たな共感が芽生えているようだ。【石原 嵩】