1950年代からソーテル通りに開業している日本製品輸入店「Satsuma Oriental Imports」
1950年代からソーテル通りに開業している日本製品輸入店「Satsuma Oriental Imports」

sawtelle japantown sign
 ロサンゼルス市議会は25日、ウエストサイドの日本人街として知られるソーテル地区の正式名称を「ソーテル・ジャパンタウン」とする申し立てを全会一致で承認した。標識が設置され次第、セレモニーを予定している。

 ソーテル地区は、ウエストロサンゼルスの405号(サンディエゴフリーウエー)と並行して位置するソーテル通り(ピコ通りとサンタモニカ通り間)周辺の約1マイルを指す。まだ開発されていなかった1910年代から日系一世が移住し、20年代ごろにニューヨークから映画関係者がウエストロサンゼルスに流入、ブレントウッドやウエストウッド、ベルエアといった周辺地域に住居を構えたため、当時、庭園業者として生計を立てていた日系人にとってソーテル地区は理想の立地となった。
 第2次世界大戦後、収容所から解放された日系人の多くは再びソーテル地区に戻り、教会や寺院、学校、ビジネスなど日系社会を確立。互いに助け合いながら厳しい時代を乗り越えた。米国内の多くの「日本人街」が消滅していく中、ソーテル地区には現在も日系のルーツが根強く残っており、日系史を伝える貴重な地域となっている。

日系の飲食店や美容院などが軒を連ねるソーテルセンター
日系の飲食店や美容院などが軒を連ねるソーテルセンター

 25日に市庁舎で行われた公聴会では、ソーテルおよびウエストロサンゼルスの住民会などから出席した市民がそれぞれ正式名称に支持を訴えた。同地区を管轄に含む第11区代表のマイク・ボニン市議は、「戦時中の差別などで土地を購入できなかった日系人にとって、ソーテル地区は『ホーム』として重要な役割を果たした。その後も世代を超えて多くの日系人が住居を構え、現在でも歴史が続いている」と述べた。
 投票は、この日欠席だったホゼ・ウィザー市議を除き、14人全員が支持を表明、全会一致で名称が決定した。
 ソーテル地区には今まで正式名称がなく、一般的に「ソーテル」または、リトル東京の西に位置していることから「リトル大阪」などと呼ばれていたが、JIS(Japanese Institute of Sawtelle)やSJA(Sawtelle Japantown Association)をはじめ、コミュニティーリーダーらは同地区の日系史継承を訴え「ソーテル・ジャパンタウン」として正式に名称してほしいと嘆願していた。
【中村良子、写真も】

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