

新原さんは、東京音大で音楽理論と声楽を学び、渡米後の指導歴は31年におよぶ。10年以上習っている生徒が多く「発声法や感情表現など、音楽上のテクニックを一通り教えた。今年が(発表の)チャンス」といい、生徒は習得した成果を発揮した。
ショーでは、各自が歌う1曲に加え、「思い出のメドレー」と題した選曲は、大正時代から昭和21年頃までに流行したクラシックに近い歌曲を聴かせた。赤城の子守歌、カチューシャの唄、丘を越えて、船頭小唄、リンゴの唄、東京ブギウギ、銀座カンカン娘など、懐かしい32曲でつないだ。
聞きなれたメロディーが多いが、本格的に習うと難曲になる、と説く新原さんによると、これらを歌唱した藤山一郎、淡谷のり子など、この時代の歌手は音大で理論を学び、また声楽指導を受けており「全音階を使って歌い上げている。そういった歌手だけが、歌いこなすことができる曲ばかり」と強調する。さらに、歌詞は北原白秋や石川啄木などで、作品の完成度が高いため「フィーリングを込めて歌わないと、オーディエンスには気(持ち)が伝わらず、歌にはならない」と力を込める。

イベントを毎年、鑑賞するトーレンスの青木益美さんは、所属する和歌山・江住村人会の新年会にゲストとして招いた新原さんと生徒が、余興で歌謡曲を披露し会員を喜ばせ、恩に着る。他のショーにも行ったが、渡米して50年が経つため「最近の若い人の歌を知らず、戸惑った」という。だが、この日は「港町ブルースや、青い山脈など、昔の懐かしい曲が多く、エンジョイできた」と喜んだ。
ショーの進行は、過去21回すべてを担当したベテラン司会者のタック西さんが務めた。各歌手を紹介しステージに送り出すが、結婚や出産、事業の成功など明るい話題だけでなく、悲しいことを伝えることもある。持病持ちが少なくなく、この日も病気を押して参加した生徒もいたという。また長年連れ添った夫や妻に先立たれた人もおり、
ショーを終え、新原さんは生徒について「メドレーの曲は、シャープやフラットそしてピッチが多く、音階を取るのが難しかったと思うが、みんな手を抜かずに一生懸命練習して頑張ってくれた。満点をあげたい」と誉めた。成長を実感した生徒に向け「人に聴かせる歌を歌うために、次のレベルを目指してほしい」と、期待を寄せた。
LA歌謡クラブは、今年も収益から寄付を行い、南加日系商工会議所の奨学資金部に1000ドルを贈った。【永田潤、写真も】

