ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が初来日した時にちょうど広島に滞在していましたので、平和記念資料館で遭遇するかと思っていたのですが、私が目にしたのはG7外相会合のための警備の物々しさでした。
 ムヒカ氏はいつも穏やかな表情をしていますが、若き頃はゲリラ抗争をしており、銀行強盗をしては貧しい人にお金を配ったと聞きます。体には六発の銃弾を受け、4度の逮捕と2度の脱獄、13年を牢獄の中で過ごしたムヒカ氏は、やがて民衆の支持を受けて大統領になります。それでも給与の9割を福祉団体に寄付をし、「みんな豊かさというものを勘違いしていると思うんだよ。大統領は『王家や皇帝のような生活』をするものと思い込んでいるようだが、私はそうは思わないんだ。多数の人と同じ生活をしなければいけないんだ」と言って大統領公邸には住まず、質素な農場で国民と同じ生活をし続けました。
 年少期に家の近くに住んでいた日系人から花の栽培を教わったそうです。貧しくはあっても心は豊かな日系人が生きる姿に影響されて、彼の清貧の原点が育まれたのでしょう。そんなムヒカ氏が物質社会である現代の日本人に向けて問いました。「日本人は本当に幸せですか?」と。豊かさとはどういうことでしょうか。人生で大切なこととはどんなことでしょうか。生きる目的とは何でしょうか。彼は私たちに問い続けるのです。
 ムヒカ氏の言葉を紹介します。「貧乏とは少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要とし、もっともっと欲しがる人、無限の欲がある人のことです」「請求書やクレジットカードローンなどを支払うために働く必要があるのなら、それは自由ではないんだ」「発展ではなく、幸福のために私たちは(生きて)いるのです」
 「世界でいちばん貧乏な大統領」と呼ばれているムヒカ氏ですが、昨年の退任時には多くの国民に祝福をされました。辞任するときにこれほど愛され、惜しまれる国家元首がいたでしょうか。彼は「世界でいちばん幸福な大統領」に違いありません。【朝倉巨瑞】

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