
「すべてを数時間で失いました」
「アメリカに単身、スーツケースひとつから始めて30年。頑張ってレストランと家2軒、欲しい物すべてを手に入れましたがすべてを数時間で失いました―」。
いつもと変わらない朝が一変
避難始められない焦りと恐怖
朝起きてコーヒーを飲みテレビのニュースを見る。その日もいつもと変わらない朝だった。しかし直後、カリフォルニア州史上最悪の山火事が小島さんに迫ろうとは、その時まだ知るよしもなかった。
パラダイスはサンフランシスコの北東180マイル(290キロメートル)に位置する人口およそ2万7千人の小さな町。自然に囲まれ、ベイエリアなどから引退後に引っ越してくる住民も多いのどかな町だ。2人はそんなパラダイスで日本食レストラン「Ikkyu Japanese Restaurant」を経営。成朗さんは仕込みのためこの日もいつも通り7時半ころ店に向かった。
成朗さんからの電話が鳴ったのはその直後だった「ちょっと何かおかしい」。自宅にいた智代さんが外を見ると、あたりはどんよりと暗く、灰が降っていた。山に住んでいるのでこれまでにも火事は多かった。「どこかでまた火事だ」。そう思っていた。
30分後、成朗さんが店から帰宅。しかし自宅前の道はすでに避難する車で混み合っていた。
パラダイスの町から住民が逃げるために残された道はスカイウエー、クラークロード、ペンツロードの3本。その3本を使い、パラダイスから車で20分ほどの場所にある隣町チコへと避難できる。
自宅から出火現場までは15マイルほどの距離。経営していたレストランよりも自宅のほうが出火現場に近かった。家の前の道ペンツロードは出火現場から続いていたため渋滞がひどく、その時すでに道に出られない状態になっていた。避難が始められない焦りと恐怖。「こんなことしてもしょうがないと思いながらも避難できるまでの間、バケツで屋根に水を掛けたりしていました」
しばらくすると、混んでいた道から車がUターンして戻ってくるではないか。前方で車にも火が延焼し始めたのだ。その時、小島さんの自宅前の住宅や近隣の住宅にも火が燃え移り始めた。
「もう、行かなきゃ!」。そう思っても道が混んでいて避難が始められない。そんな矢先、少しずつ車が空いてきた。シェリフ局職員に誘導してもらい、やっと避難を開始。2台の車に愛犬3匹を乗せ、2人は自宅を後にした。
燃え盛る炎の中逃げる
「まさかホームレスになるとは」
車40台〜50台がその場所で4、5時間待機していたが、遂にショッピングセンターの周りにも火が燃え移り、その場にもいられなくなった。強風と極度の乾燥のため、町はみるみる炎に覆われていった。
「ああ、もうここで終わるのかな―」。そう思った矢先、渋滞していた車がまた少しずつ進み出した。
「バン、バン」とあちこちから響く大きな爆発音。プロパンガスや車が爆発する音が耳を打つ。避難生活を送る今も誰かが車のドアを閉める音を聞くたびに、その時の恐怖が智代さんを襲う。
「結局山から降りることができたのは午後4時ごろ。最後の方だったのではないでしょうか」。早く避難できた人の中には途中で車から降ろされ、バスに乗って避難するよう指示されるもバスも先に進めなくなり、結局歩いてヒッチハイクをしながら避難した住民もいたという。
振り返ると山火事発生から怒濤のように時が流れた。愛犬3匹と洋服2、3枚をつかんで出るのが精いっぱいだった。「まさか自分の家が燃えるなんて。帰って来られると思っていたので、目につくものしか持ってこられなかった。まさか突然ホームレスになるとは思ってもみなかった―」
小島さんが所有していたレンタルハウス1軒と自宅、そしてレストランは全焼。今までアメリカ生活で築き上げてきたものを一瞬で失った。
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