ペーパーエコテープを披露するカゴクラフトのオーナーの村井さん
 新型コロナウイルスの非常事態宣言で外出が禁止され、全ての小売店が閉鎖されたのは、村井エリーさんが新しいビジネスをスタートさせたわずか数週間後のことだった。日本で流行するクラフトバンドの手芸材料を輸入販売する専門店「カゴクラフト」(トーレンス)は2月22日に開店祝いのオープンハウスを開催した。それから1カ月も経たぬうちに加州に非常事態宣言が発令されたが、キットを地域社会に寄付することで道を探り、難局を打開する。【長井智子】

  集会禁止と小売店の営業禁止で、新しいビジネスの計画が全て白紙になった。「クラフト教室を開いたり、インストラクター養成の講座を開催するはずが、一切できなくなった。春から夏にかけてイベントやフェスティバルに出店するつもりだったが、コミュニティーの行事が全部キャンセルになった」と話す村井さんは、他の多くの経営者と同じく、一変した世界の前で何をすればよいのか、しばらくは全く見当がつかなかった。立ち上げたばかりなので申請ができる公的支援もなく、長年培ったロイヤルカスタマーもいない。一体これからどうしたらいいのか。
 「でも、何もしないでいるよりは、少しでも何かしたほうがいい。それで、手芸キットを無料で配布しようと思い立った」

LTSCから助け船
無料配布のアイデア開花

 小学生の娘がいる村井さんは、休校で自宅にいる子供たちと両親が、やることも行くところもなく、時間を持て余していることをよく知っていた。家庭に閉じ込められた親子に工作の課題のように楽しんでもらうのが、最初の「無料配布」のイメージだった。ところが、いざ思いつきを計画に移そうとすると、さまざまな壁に突き当たった。
 どこで配布したらいいのか、配布のために人を集めること自体が禁止ではないのか、「郵送します」と広告を出すのはどうか。「小学校が朝食の無料提供をしている。その横でとか?」 そんなことまで考えた。トー

LTSCのサットンさん(右)にキットを贈呈する村井さん(中央)と講師の芳賀さん(左)
レンス市に相談を持ちかけても、担当者に回して回答すると言われたまま返事がなく、途方に暮れた。
 そんな時、話を耳にしたリトル東京サービスセンター(LTSC)のロックリッジ真理子さんが、「同センターが運営するアンジェリーナ保育園や福祉住宅のカサ平和では、いつでも寄付を求めている」と、助け舟を出した。学校がすべて休校の中で、アンジェリーナ保育園が開園しているのは意外だったが、子供を預けなければ仕事に行けない医療従事者などエッセンシャルワーカーの子どもたちを特別に預かっている。だが、通常の保育園の活動はしていないので、「遊びに困っている」という。
 それからの毎日、村井さんは手芸キットの準備に追われた。音沙汰のなかったトーレンス市からも「寄付を求める団体のリスト」が届いたので、その中からコンタクトをした市内のシニア住宅と話がまとまると、準備はますます忙しくなった。
 初心者でもすぐに始めることができるように、小ぶりのバスケットを作るキットを提供することにした。材料のクラフトバンド(厚手の紙テープ)を必要な長さに切り揃え、使用の手順に沿ってまとめた。小袋入りのキットに添える英語の説明書(レシピ)を準備し、さらに、不明点の解決に役立つようにチュートリアルのビデオを撮影し、YouTubeにアップロードした。
 こうして完成したカゴクラフトの手芸キット100個のうち、まず50個が、市内のシニア・リビングに運ばれた。

母の日にバスケット作りを
目新しい最適のプレゼント

ペーパーエコテープのキットを見せる村井さん。後の棚には、材料のペーパーエコテープや完成したカゴが並んでいる
 チャールズ・キムさんは、62歳以上の低所得のお年寄り184世帯が暮らすゴールデン・ウエスト・タワーの住民サービス・コーディネーター。カゴクラフトが寄付した手芸キットを受け取り、母の日のギフトに活用した。
 同施設のシニアセンターではフードスタンプなど社会保障の支援に加え、新型コロナで活動ができなくなるまではビンゴ、エクササイズ、タイチやヨガ、クッキング、編み物や折り紙など多彩な余暇のプログラムを提供していた。「だが今年は母の日の祝いにも集まることができなかったので、寄付してもらった手芸キットとメッセージカード、感染防止のフェースマスクと、ボディウォッシュをセットにして、各戸に配った」。こう話すキムさんは、「コロナのせいで自室にこもって過ごすことを強要されているこの時期に、目新しい楽しみをプレゼントすることができた。とてもありがたい寄付だった」と感謝の気持ちを表し、「バスケット作りのキットはシニアリビングに住むお年寄りにちょうどいい。住人の中に、アートとクラフトが得意なお年寄りが少なくとも数人いるのを知っている。きっと夢中になるだろう」と話した。

焦点はシニアの孤独解消
必要とされた寄付のキット

 5月14日には、LTSCのデベロップメント・ディレクターのニッキ・カエラリオ・サットンさんがカゴクラフトに立ち寄った。バスケット作りのキットを受け取るためだ。「高齢者の孤独をいかに解消するかは、
キットを受け取りに来たゴールデンウエストタワーのチャールズ・キムさん
常にシニアサービスの焦点だ」と話すサットンさん。パンデミックが始まるまでは、家から外に出てきてもらうことを意図して、小東京2街にあるファー・イースト・ラウンジでタイチ、マージャンなどの無料クラスへの参加を奨励してきた。散歩がてらに徒歩で来る小東京の住民だけでなく、近隣のバレー地区などからもクラスのために運転してくる人がいた。でも今はそのラウンジも閉まっている。
 「コロナと共存する新しい日常で、何ができるのかを模索している」と言うサットンさんは、「安全に注意深く配慮をしながら、小グループのシニア・アクティビティーを徐々に再開している」と状況を伝えた。小東京タワーズにあるカフェテリアの大ホールで、1回に6人ほどの小さなグループで、十分な距離を保ちながら、チェア・エクササイズが始まり、カサ平和やミヤコガーデンズ、ガーデナのJCIガーデンズでも、徐々に活動が始まるという。
 「子供向けのクラフトキットが子供にとって意味があるのと同じで、シニア向けのクラフトキットも求められている」とサットンさんは言う。その考えの延長で、LTSCはパンデミックの中で大人向けの「小東京塗り絵ブック」を制作したという。「カサ平和にはお年寄りだけでなく一般家庭も住んでいる。手芸キットは保育園よりもカサ平和などの活動に活用されることになるだろう」。50個のキットを車に載せ、サットンさんは笑顔でカゴクラフトから小東京に向かった。

地域の一員の小売店に
社会的距離より心の距離

 コロナの受難にへこたれることなく動き続けた村井さん。当初考えていた子供向けの無料配布のアイデアは、NPOへの寄付へと大きく育った。カゴクラフトのバスケット・キットの単価は12ドルなので、寄付額は1200ドル相当。寄付先がNPOであれば寄付額は税金控除に認められるというプラスもあった。
だが、村井さんにとっての真のプラスは、地元に根を張るスモールビジネスとして、コミュニティーとつながる活動を見い出したことにある。

寄付されたキットが完成すると、こんなにすてきなミニ・バスケットが出来上がる
 「私自身、初めてバッグを作りだしたら面白くて夢中になった。環境にやさしいリサイクル素材で、誰でもが楽しめるクラフトなので、絶対にアメリカでも好まれると思った」と起業までの経緯を話す。「みんなで談笑しながら、思い思いのカゴを編み、楽しみながら地域貢献につながれば、こんなにうれしいことはない」と抱負を語る。社会的距離が推奨される日々の中でも、心の距離を縮めることは、誰からも規制されていない。
 ロサンゼルスでは徐々に小売店に顧客が足を運び始めている。カゴクラフトも、クラフトバンド(米国ではペーパー・エコ・テープ)の販売をオンラインで続けるほか、アポイントメント制の来店による販売、週2回のオープン・サロンへと、再開に踏み出している。詳細は日本語で問い合わせを。
 カゴクラフト
 2166 Torrance Blvd.
 Torrance, CA 90501
 info@kagocraft.com
 Phone: 424-358-1001

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