東京の編集者からの連絡だ。
「ディスるには格好のオワコン状態の某大統領の話、よろしく」
ネットスラングに精通した諸兄姉はお分かりだと思うが、私のようなディアスポラな老記者は戸惑う。
「ディスる」とは「Disrespect」からきた日本語で「尊敬しない」という意味。
オワコンは「終わったコンテンツ」。もはや機能しなくなったモノやヒトのこと。
新聞の購読数が激減する中で今や日本語を「支配」するのはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だ。
ドナルド・トランプ前大統領はその最大手ツイッターやフェイスブックから締め出され、苦境に立たされている。UCLAのラメシュ・スリニバサン教授は、SNSは「今や政治の世界ではそびえ立つ、最も影響力のあるアクター」とまで言い切る。
十数年前、水村美苗氏が「日本語が亡びるとき」という本を出した。「『西洋の衝撃』を浴び、豊かな近代文化を生み出した日本語が『英語の世紀』の中で亡びようとしている」。だが、SNSは英語を変異させ、独自のネットスラングでそのジャパングリッシュすら破壊しているのだ。
日本だけの現象ではない。中国でも米国でも同じことが起こっている。
中国人の知人によれば、今はやっている中国語のネットスラングは「買買買」(買いまくれ)、「牛逼」(すげえ!)、「装逼」(偉ぶるな)。米国の若者同士のメールには「HTH」(hope this helps)とか、「JOOC」(just out of curiosity)といったスラングが飛び交っている。
そのネットスラングも生まれては消えていく。「オワコン」は2010年ごろに登場したらしいが、その道の達人、後藤拓也氏は「今でも使うと『おっさん認定』されますよ」と宣(のたま)う。
冒頭の編集者もすでに「四十にして不惑ず」。押しも押されぬ「おっさん」である。となると、私などは10年間もの「空白の時」を過ごしていた「浦島太郎」ということになる。
ネットスラングは、水面に浮かぶ泡。ご本体のネットが常時アップデートされているのだから、泡が浮いては消えるのはむしろ当然かもしれない。言語文化の移り変わりは残酷である。【高濱 賛】磁針