心を豊かにしてくれるもの、それは人それぞれ。時間的なゆとり、経済的なゆとり、心置きない友だち、おいしい食べ物、美しい景色、お気に入りの音楽…などといろいろありそうだが、なんといっても健康な体があってこそ、なのだろう。
 健全なる精神は健全なる身体(しんたい)に宿る—という。この、人口に膾炙(かいしゃ)した名言は古代ローマ詩人のことばだが、小中学校の運動会で校長先生のスピーチの決まり文句だったとも記憶している。「体を鍛えて、勉強もがんばりなさい!」と子どもたちを励ましてくれた。
 体が丈夫であるに越したことはない。実際、物事を正しく判断するには身も心も健康なのが一番。体が弱っている時には、どうしてもネガティブ思考になりがちだ。
 とはいえ、ローマ詩人のこの言葉の真意は、金や地位や名誉や才能や長寿や美貌などは望むべきではなく、これらはいずれ身の破滅をもたらすから、願うとしたら心身の健康ぐらいにしておきなさい、高望みをすれば元の木阿弥になるのがオチだ、との意味合いという。
 確かに、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」もまた真実だから、心豊かに日々を過ごすことは、けっこう難しい。かといって、金にも時間にもゆとりがなく、仕事に追われ、借金に追われ、人間関係もギクシャクしてくれば溜まるのはストレスばかり。
 そんな時、趣味の一つでもあればそれに没頭することで心も穏やかになろうというもの。趣味なんてないという人には、誰もが手軽に親しめる音楽がある。
 一流プロ歌手の歌を生で聴くチャンスがほとんどないアメリカ生活の中で、昨日、満席のアラタニ劇場で開かれた弦哲也と川中美幸の「演歌一夜」チャリティーショー。本物の歌に出会えた喜びも相まって、観客の心を豊かにしてくれたようだ。
 華やかな芸能界にあって、長く地味な下積み生活。幾多の困難を克服してきた2人の謙虚で真面目な人柄が伝わる、明るく健康的なステージ。満場からの惜しみない喝采。人としての温もりが、心をとても豊かにしてくれる。【石原 嵩】

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