朝早くホールセールから届いて、冷蔵庫の中で水を吸い上げて咲き誇っていたロングステムの紅いバラも、閉店時間が近づくとほとんど売れて、ガラス張りの花屋の冷蔵庫の中には空のバケツが目立ち始める。
 日本から来てやっと半年、慣れない英語に四苦八苦しながらダウンタウンの花屋でフラワーデザインの仕事をしていた頃の話である。
 客の注文に応じて花をアレンジしコサージや花束を作り、冷蔵庫のなかの掃除もせねばならない。
 冷蔵庫の外にいたボスが突然「いま何と言ったんだい」とガラス越しに尋ねた。
 たっぷりと水の入ったバケツは花が売れてしまっても結構重い。
 何を言ったという意識は無かったが、脚を踏ん張って腕に力を入れてバケツを持ち上げる時、思わず「よいしょ!」と掛け声をかけていたらしい。
 さて、英語で「よいしょ」は何と言えばよいのだろう。当惑した私の顔を見たボスが、状況を察したらしく「重いなら配達のボーイにやらせるからやらなくていいよ」と言ってくれた。
 時は流れて昨年のこと、いつも日本料理のクラスを担当してくれているCさんがフッと「この頃よいしょが減りましたね」とにっこりした。
 あれっ、何のことだろうと彼女の顔を見ると、「膝の手術をする前はよく歩きながらヨイショ、ヨイショッ、って声かけていたわよ」ということである。
 痛みを耐えながら、いつの間にか意識をしないで「よいしょ」と自分を励まして歩いていたらしい。
 そのCさんがこの間Eメールをくれて、いわく
 「喜寿おめでとうございます。」
 喜寿って誰の? 一瞬そう思い、次の瞬間自分だと気が付いた。
 よいしょの年齢に近づいてきたわけだ。
 日本語は他の言語より擬音語、擬態語が多いそうだ。水がさらさらと流れ、風はそよそよ吹き、列車は轟々と通り過ぎる。
 日本語の美しさを表し、状況を的確に表す時、擬音語は素晴らしい役割を果たしてくれる。よいしょは擬音語ではなく、ただの掛け声だが、状況が分かりやすい表現である。
 手術をしていない左の膝が近頃文句を言い始め、的確に「よいしょ」のレベルに近づきつつある。【川口加代子】

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です