小高い丘の上にたたずんでいると、150年前に海をわたり、カリフォルニアの大地に入植した先駆者たちの足跡をたどりたいという思いを抑えずにはいられなかった。
今月8日、アメリカ本土初の日本人入植地「若松コロニー」が形成されてから150年を祝う記念式典がカリフォルニア州北部ゴールドヒルの跡地で行われた。
筆者が初めてその地を訪れたのは昨年秋のことだった。弊社新年号特集の取材のため同地に足を運んだのだ。
今でこそ海外に行くのは楽になったが、移民団が渡米した150年前は今のようにインターネットがなく、すぐに情報収集することが出来ないような時代。英語を学ぶ機会もなく、アメリカがどういう国なのかほとんど知らなかったことだろう。
移民団の新天地開拓の夢は破れたが、ついこの前まで鎖国をしていたような時代に、言葉も文化も違う異国に視野を向け、海を渡った彼らの勇気は図りしれない。
この跡地の丘の上には小さな墓があり、北米で最初に亡くなったとされる日本人の女の子「おけい」が眠る。彼女の墓は死後およそ45年が経過した後、日系社会に知れ渡り、排日運動が押し寄せ不遇の時代を生き抜いていた一世たちは、自分たちより前に海を渡った先人の苦労を思い、おけいの墓参りを行うようになったという。
よく日系諸団体の式典では、最初に先人たちに敬意を表す黙とうが行われる。初期日系移民のまじめな働きぶりや健全な行動のおかげで、今を生きる私たちがこうしてアメリカ社会で暮らしていけるのだということを忘れないようにする意味も込められていると聞く。先人たちの功績をたたえ感謝の気持ちを忘れないようにする習慣はこうして古くから日系社会に根付いているのである。
150年を迎えた今、先人を供養し続けた日系一世たちの姿勢、そして日系史を後世に残す取り組みをしてきた人々の存在も忘れてはならないと胸に刻む。忘れ去られてしまいがちな歴史の一部はどこかで後世につないでいかなければならないと思う。北米最初の日本人移民の勇気と開拓者精神を次の世代に伝えていくことは、150周年を祝ったわれわれが果たすべき使命なのかもしれない。【吉田純子】