加州毎日に載せた加毎放送の広告=1936年10月1日
 1932年7月、ロサンゼルスは地元で開催中のオリンピックで沸いていた。しかし、アメリカでは放送権料に関する合意に至らず、競技が国内向けにラジオ中継されることはなかった。新聞屋として速報を伝えるべく、加毎(加州毎日)は試合の行われるスタジアムからリトル東京のサンピドロ(サンペドロ)街にあるミツバ貿易商会に電話をかけ、毎日午後2時からその店頭で音声を流すことにした。加毎による有線放送の試みである。その模様は「店頭に集まった群衆は約700名、刻々と入り来るニュースに対して咸声をあげ或者は熱狂して、ラウドスピーカーに向って、声援するという熱心振りであった」(加毎1932年8月1日)と伝えられている。

加州毎日の社長を務めた藤井整。日系人の人権擁護に尽力した功績で、2015年に小東京のジャパニーズ・ビレッジ・プラザ内に記念碑が建てられた
 それから約4年が経過した36年2月6日に加州毎日放送がKGERで開始された。同局はロングビーチにある放送局であるが、リトル東京にほど近いビル内にスタジオを設けていた。アナウンサーには尾座本導が抜擢された。尾座本は早稲田大学に留学した後、日本語教師や仏教青年会の幹部を務め、日系社会では顔を知られた人物であった。当初は新聞社員が交代でアナウンサーを務めるとされたが、尾座本の評判が予想外に高く、専属アナウンサーとなった。
 放送内容は娯楽と藤井社長の講演で構成されていた。新聞社主催でありながら、ニュースは放送されなかったようである。娯楽については、ハリウッド、キーストン、サンファナンド、ホーソンなど基本的に1回につき1地区の特集を組み、各地に組織されている後援会や支部に属する芸達者な人を番組に引っ張り出した。そこでは詩吟、民謡、都々逸など、日ごろの練習成果が発表された。36年11月19日は社内かくし芸大会といったところで、小松良基東京支社長の都々逸、同年9月に営業部員になったばかりの畠錦声の琵琶「台湾入り」、寺田一男工場長の音頭、松井豊蔵編輯長の「佐渡おけさ」などが披露されて大喝采を浴びた。
 娯楽に加えて毎回欠かせないのが藤井整社長の講演である。「口よりも手足の方を余計にはたらかす習慣の私」(加毎1936年2月5日)というのが本人の弁であるが、通常の講演に比較して10分未満という極めて短い時間で、表情や態度を伝わらない中で話をするのに苦労していたという。
加毎放送の広告=加州毎日、1940年10月6日
 38年3月12日の紙面で「長らく御厄介になった吾加毎放送も本月16日限りで中止に決定」とのお知らせが掲載された。毎月200ドルを要する経費負担が重荷になったとの説明である。ところが、である。中止とされた3月23日以降も何もなかったかのように番組案内が掲載された。改めて調べたところ、丹念に探さなければわからないほど小さな取り扱いで番組継続を伝える地方通信員の記事が見つかり、納得させられた次第である。結束力の強い加毎後援会のこと、放送中止の理由がお金という単純なものであるならば、不足分は皆で負担するので放送は継続すべし、という声が上がったものと想像される。実際のところ、放送中止宣言以降広告本数が飛躍的に増加し、それまでの平均で毎回9社から20社、最大で30社が広告を出すという驚きの事態に至った。いわばショック療法が功を奏した形となった。
 日本支持、日本軍部の行動容認のスタンスを取っていた加州毎日新聞ならではの企画として、日中戦争における広東、漢口陥落を記念する祝賀番組「戦勝感謝放送」や「日支事変二周年記念放送」などの特別放送を行い、コアなリスナーから大絶賛を浴びた。
 40年2月8日をもって尾座本がアナウンサーをやめ、ガーデナ平原日本人会の幹事に就任した。後任は営業部の丸谷潤子が担当した。丸谷は戦後復刊された加州毎日新聞のゼネラル・マネージャーとして腕を振るうことになる人物である。加毎放送も日米開戦まで番組が継続された。(終わり)
日本語ラジオ放送の歴史の調査に傾倒する平原さん(右)が著した「日本時間 北米諸国(戦前)編」
 平原哲也(ひらはら・てつや) 1957年生まれ。東京外国語大学卒。会社員。著書は、「資料集 日本の短波放送」(編著、2000年、日本短波クラブ)、「日本短波クラブ創立50周年記念誌」(編著、2002年、日本短波クラブ)、「日本時間ブラジル編」(2010年、私家版)、「日本時間中南米諸国編」(2012年、私家版)、「日本時間ペルー編」(2019年、私家版)、「日本時間 北米諸国(戦前)編」。内容は、ホームページ(http://radiophj.web.fc2.com/index.html)に記載されている。価格は2500円。
 平原さんへの連絡はEメール—
 radiophj@yahoo.co.jp

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