しばしば加齢老齢の話で恐縮だが、どういうわけか近頃とみに自分の周りにそんな話題が増えてくる。
物忘れが激しくなったといっても、鍵や小物など確かにここに置いたはずのものが見当たらない、冷蔵庫を開けたとたんに何を取りに来たのか忘れた、というようなときは、しばしば複数の考え事をしていることが多く、どうしても記憶が戻らないということはまず無いから、イライラはしてもあまり気にしないようにしている。
30数年来の友人が92歳で他界したが、彼女の場合は最後まで記憶もはっきりしていたし、話の筋道もとおっていた。
6年ほど前までは大量に栗まんじゅうを焼いては職場に差し入れてくれていた90歳に少し間のあるTさんがデイケアプログラムに参加するようになって2年近くなるが、日本語の分からない職員が私を呼びにきて「Tさんが泣きそうになって何か訴えているけれど、日本語でまくし立てていて何だかわからない。話を聞いてあげて」と言う。行ってみるとひと足違いで息子さんが連れて帰ったという。
何かつらいことがあって誰かに分かってもらいたかったのだろうと気の毒になって、時間を見計らって家に電話をすると息子さんが出て、「心配することはありませんよ。認知症が進んでいて、いつものことで、もう本人は忘れていますから」という。
まさか、とは思ったが念のためにと頼んでTさんと話させてもらったところ、「さてね、何があったのかしら。わたし? 大丈夫だと思うけど」とケロリとしている。たった15分ほど前の出来事なのだが…。
その3時間後に、まったく偶然に、友人と出掛けたレストランで、再びTさんと顔を合わせてあいさつをしたところ、「あなた誰だったかね?」
横にいた息子さんがキュッとウインクをしてみせた。
普段の会話には少しもそんな様子は見られなかっただけに、認知症とはくせものだと思わせられた。 なまじ記憶がはっきりしていれば、いやな思いをいつまでも引きずることになり、くよくよ心を病むのだろうが、速やかに(?)忘れることができるというのは、そう悪いことではないのかも…。【川口加代子】
