自分は極度の猫舌だ。高温の飲み物や食べ物はすぐには手が付けられない。
 測算した全国的な統計がないのでアメリカ国民の温度忍耐レベルの特質を断定的には言えないが、自分の周りのアメリカ人仲間には概して猫舌が多い。一緒に食事をする際、湯気が立つ熱い料理がテーブルの前に置かれても、皆何気なく観察して会話を続けながら待機し、しばらくして恐る恐る手は伸ばし始める場面に多く出くわす。
 かなり昔の渡米当初に、遠慮せず「お先にどうぞ」と言われた時のことだ。「自分は猫舌だから…」という日本語のフレーズが脳裏をよぎった。日本語でも英語でも比喩が同様のことわざ、例えば「一石二鳥」「愛は盲目」、「血は水よりも濃し」や「猫」を含んだ英語慣用句「cat nap」「cool cat」などの表現も存在するので、さぞかし通じるだろうと英語に置き換えた「I have a cat tongue.」を口にした。数秒のけげんな雰囲気の沈黙が流れた。そのような表現はない。
 なら英語ではこういう人の場合はどう言うのか?とネイティブスピーカーたちに聞くと、一瞬思いを巡らしたあと「熱いものを食べられない人」との答えだった。なんのひねりも味気もない、ストレートそのものの表現である。
 猫舌の由来を調べてみると、すでに猫が人間の身近な存在になっていた江戸時代に遡る。穀物を食い荒らすネズミを捕獲するために家で飼われた猫たちは熱いものが苦手、というエピソードが流布し始めたことからだそうだ。
 先日訪問した地元ロサンゼルスのラーメン屋で出されたラーメンのスープがぬるめだった。すんなりおいしく頂いた。勝手な憶測だが、客層の大半がアメリカ人なので、猫舌のお客さんに対しての店側の配慮と理解する。
 そもそも猫に限らず自然界におけるほとんどの動物が、自分の体温より熱いものは食べないし、熱い獲物はほぼいないので、基本皆、猫舌なのだ。火に通して熱いものを食べられる習慣を作ったのは人間のみと言われる。
 とにかく「猫舌」は、風情ある素敵な表現だ。やがては「I have a cat tongue.」をアメリカ人たちに浸透させて「Oh! Me, too!」との笑顔の反応を期待するが… いかがかな?【長土居政史】

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