一時帰国すると、「浦島太郎になったね」と知人に笑われる。まったく様変わりしてしまった渋谷駅周辺ではまごついてしまい、ハチ公像のところにたどり着けない。まさに「今浦島」だ。
 「浦島太郎」の話には幾つかのメタファー(寓意)が隠されている。「助けた亀に連れられて竜宮城に来てみれば」という「因果応報」から時の流れのない竜宮城を出た浦島太郎が玉手箱を開けて一気に年老いてしてしまうという「子宮復帰願望」までさまざまだ。
 亀は、実はワタツミ(海神)の娘で、竜宮城に戻ると乙姫になる。これは唐の「龍女伝」を素材にしたといわれている。中世の「御伽草紙」には、浦島太郎が玉手箱を開けると、鶴になるというハッピーエンドな話もある。かく言う、この「今浦島」もアメリカという竜宮城に迷い込み、お助けしたこともない乙姫さまにすっかりお世話になり、タイやヒラメの舞い踊りを満喫しているうちに、「ふるさと時間」は忘却の彼方に過ぎ去ってしまった。
 竜宮城にやってきた知人の中には生まれ故郷が恋しくなり、帰国し、玉手箱を開けた途端、髪が真っ白になってしまった人もいるようだ。竜宮城へのノスタルジックな思いが送られてくるメールの行間に見え隠れしている。
 「竜宮城、去りがたき」言い訳に、幕末の僧、釈明性師の辞、「人間(じんかん)至る処青山(せいざん)あり」を座右の銘に強がる、この後期高齢者を励ます小包が届いた。高校時代の友人が今年も十二支の色紙(「寅」)を送ってくれた。添えられた手紙には、「社会通念では、時間は、過去、現在、未来と流れている。が、禅では、実際の時間は、未来、現在、過去へと流れている」としたためてあった。
 社会通念の時の流れと実際の時の流れの接点は「現在」、「今の今」しかない。「今の連続」に生きるということは、どこにいようとも、そういうことかもしれない。
 私にとって竜宮城は心地良い「終の棲家」(ついのすみか)。乙姫さまのご厚意にもう少し甘えて…、無論用意していただいているはずの玉手箱は固くお断りして…。タイやヒラメの舞い踊りを楽しむつもりだ。【高濱 賛】

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  1. 掲示板などの地図を見るとき一番肝心なところは、現在地が表示されていることです。人生の地図を見るのも、現在地、自分の存在がいかなるものかがわかれば、
    人生の地図を的確にみることができるのではないでしょうか。自分、自己を自覚すれば、どこでも、たとえ地獄で遊ぶことができるのでは思います。どこでも、いつも、気分爽快でいたいものです。