ロシアによる隣国ウクライナへの侵攻が始まって1カ月以上も経過している。期待の停戦交渉は、互いの思惑に開きがあるようで合意に至らず、毎日、死傷者が出て悪化の一途をたどっている。新型コロナでは死者・感染者の数が毎日増え続けても当たり前のように慣れ、感覚がまひしてしまった。戦争の死者数は、そうなってはならない。
 侵攻を阻止しようと米大統領が、強国と連携した強い経済制裁で対抗すると警告したが、あえなく無視された。思いとどまると見ていた人も多く、私もその1人で考えが甘かった。尊い平和はあっけなく崩れるものだと実感した。世界に模範を示すはずの常任理事国が国際世論に背を向け平然とした態度で、国連憲章と国際法を踏みにじった。非難決議は何の効力もなく、拒否権を行使すれば、何もかもが許されるのだろうか。
 攻撃は軍事関連施設をターゲットとし、民間人には危害を加えないと約束していたが、これまた裏切られた。集合住宅や商店、劇場、病院、学校、そして幼稚園までもが狙われ、幼い子どもも亡くなったという。市街地で砲撃による炎と黒煙が上がり、激しく破壊され燃え上がった高層アパートや民家、黒焦げになった乗用車などの残骸が、非情の攻撃を繰り返す戦争犯罪を世界に告発しているように映る。都心部の住民は薄暗い地下のシェルターで、爆撃の恐怖におびえながら不安な夜を過ごしている。その経験が大きなトラウマにならなければいいのだが。
 戦火を逃れるために、小さな子どもを抱いた女性など、人々が国外に避難しているが、受け入れ国のボランティアが温かく迎え入れる姿には感動する。また、侵攻以前から移住していたウクライナ人の人々が、日本を含む各国で母国の惨劇を見て涙を流している。それをテレビで見たとき、第2次大戦時の強制収容所者が故国日本に思いをはせ、家族や親戚、友人を気遣ったことが容易に想像できた。
 人道的な立場から戦闘停止が最優先であり、それには各国の連携しかない。核兵器の使用をちらつかせたり、化学・生物兵器の使用も懸念される中、関係国が慎重に対応し、第3次世界大戦だけは避けなければならない。(永田 潤)

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