新宿に関した記憶は当時通っていた小田急線沿線の学校に行くようになってからで1965年ころからのはずだ。西新宿の開発が堅調になる前でもっぱら東口を中心に友人と探索を楽しんでいた。60年代後半には学生運動が盛んになり、政治集会やデモ、フォークゲリラ集会の地にもなっていった。当時アングラと呼ばれるアートの世界も盛んになりジャズ喫茶ができ、それまであった大衆芸能の舞台・劇場と相まって新宿東口は巨大で煩雑な街になっていった。
そんな新宿東口から少し北に行った歓楽街の歌舞伎町ゴールデン街に自転車や徒歩で出没する、「新宿タイガー」という奇人のドキュメンタリーを見た。オンライン開催中のシカゴ日本映画コレクティブの中の一作品。虎の仮面をかぶり頭にはド派手なピンクに染めた羽のカツラ/帽子をかぶり、花模様のシャツに柄物プリントのパンツをはく。造花とぬいぐるみを上半身に施し、左手には前世紀の遺物ラジカセを持って徘徊する輩の話だ。
見た目は奇妙奇天烈で少し危なそうに見える。多分中年の人だろうと想像していたが、仮面の後ろにいたのは実は老人の粋に届きそうな人情味のあるオジさんだった。団塊の世代の人で前述のフォーク集会やデモにも参加したことがあるとのこと。この格好でデビュー?を果たしたのは70年代中期という。当時日本に住んでいたが新宿タイガーの名前を耳にした記憶は自分にはない。コスプレにも通じるような格好をし始めた決定的な理由や、動機についてのコメントは所々見え隠れするものの、本人の口からは出てこない。どこに住んでいるかも不明だが長野県出身のようだ。
知人や友人、飲み仲間へのインタビューで皮が少しづつ剥がれていき、20分ほどで仮面を外した顔もみられる。他愛のない会話の中で平和の大切さ、愛することの信念を披露するが、それはあくまでもビールを楽しみながらの彼の人生哲学。花と愛という共通点があるのは偶然ではないと思うが、60年代のフラワームーブメントとは違う彼なりのアプローチで、とても新宿的。仕事を終え夜の新宿に繰り出し、お目当ての女優などと杯を交わして楽しい会話がはずむと、新宿タイガーに至福のひと時が訪れる。(清水一路)