5月15日は沖縄返還50周年の節目の記念日。この日、政府と沖縄県合同の記念式典が東京と沖縄で行われた。オンラインで天皇は、大戦で多くの尊い命が失われた沖縄において、人々は「ぬちどうたから」(命こそ宝)の思いを深められたと伺っています、とシマ言葉を挟んで述べられた。
 戦争がなければ…。本土から遠く離れた沖縄列島で、質素ながらも伝統を守り、神を敬い、自然と共生する独特の文化を育て守ってきた沖縄の人たち。無謀な戦争を始め、追い詰められて「本土決戦準備の時間稼ぎに全島玉砕」の日本軍の方針のいけにえになって、4人に1人の住民が命を落とすという過酷な玉砕戦に巻き込まれた住民たち。3カ月余の戦闘で日本軍将兵6万5908人、米軍将兵1万2281人、県出身軍人・軍属2万8228人の戦死者。一般県民約9万4千人が犠牲となった。学徒動員・集団自決・食糧強奪・避難所のガマからの追い出しなどの理不尽が数多くあり、軍人よりも住民の犠牲者が多いという。
 その悲惨な体験から、「戦争は絶対に駄目だ」との思いにもかかわらず、戦後冷戦の米国の戦略上、その地勢上の重要性から1972年の沖縄返還後も米軍基地に土地を収容されたまま、騒音に悩まされ、米兵の犯罪や事故にあっても捜査や裁判の管轄権もなく、日本政府に掛け合っても解決はつかない。沖縄の県民所得は低く産業も育たず、辛うじて観光業だけ。児童の貧困率も高く、志のある人材は島から出て行ってしまう。
 折しもロシアの突然の侵攻により、ウクライナの人々が同じ苦しみに晒されている。世界の食糧庫といわれ、特に欧州の国々では地味豊かなウクライナの穀物は欠かせない。教育水準は高く、優秀な人材も多く、産業・文化・芸術面でも秀でている。だからこそウクライナをロシアの勢力圏内に留めたかったのだろう。戦争で悲惨な目に合うのは常に一般市民である。ニュースでは毎日のように悲惨な現場の様子が報道される。
 今回の戦争で世界の国防意識が高まり、各国とも国防費を増加させ、周辺国ではNATOへの加盟を急ぐ。エネルギーや穀物の交易は止まり、諸物価の高騰が激しい。世界の経済は停滞し人々は苦しむ。日本も中国の膨張に警戒をせざるを得ない。この危機を契機にわが国のあり方を一人一人が考える機会としたい。
 危機に直面するウクライナの住民には、「ぬちどうたから」と心から伝えたい。(若尾龍彦)

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