オータム・フェスト委員会の活動で尽力した5人の表彰。左からジェリー・ヨシトミ、ティム・マナカ・ジュニア、スージー・ササキ、ポール・シシマ、カレン・シンタク、ゲイリー・カワグチの各氏。JACCCの資金集めの成功に寄与した

 「KANSHA(感謝)」。それは日米文化会館(JACCC)41周年記念ガラの精神だった。パンデミック以来の初めての大規模な祭典がこのほど、小東京のJACCCプラザで開催された。400人以上が集い、長年にわたってJACCCを支援してきた個人や団体をたたえ、表彰した。

あいさつに立つグレン・イナナガ理事長

 ジョニー・モリ率いるジャパニーズ・フェスティバル・サウンドは、リズミカルな太鼓の音で出席者を歓迎し、ABC7アイウイットネス・ニュースのデビッド・オノ氏が司会を務めた。ロサンゼルス日本総領事館の武藤顕総領事が「JACCCプラザが再び活気づくのを見るのは素晴らしい」と述べ、乾杯の音頭を取った。
 JACCC理事会のグレン・イナナガ理事長は同夜の企画委員会が「KANSHA」をテーマに選んだ経緯を説明し、JACCCが何十年にもわたって受けてきた支援、中でも特にパンデミック期間中に受けた支援に感謝の意を表した。
 MUFGユニオンバンクおよび同米国ホールディング社の取締役会会長・越和夫氏がトム・イイノ氏から会長賞を手渡された。キャスリン・ドイ・トッド判事もJACCC会長賞を受賞し第2地方控訴裁判所の裁判長エルウッド・ルイ氏から会長賞を受け取った。

トム・イイノ氏(右)から会長賞を受け取った越和夫氏

 70年を数えるユニオンバンクと日系米国人社会との関係を誇りに思うと述べる越氏は「ご存じのように現在、MUFGはユニオンバンクの所有権をUSバンクに譲渡する過程にあるが、たとえたすきは手渡されても、私たちの築いた遺産が失われることはない。こよい、うれしいことにUSバンクの友人たちもこの場に参加しイベントを支持してくれている。ユニオンバンクコミュニティーとのパートナーシップの新しい章については楽観視している」と続け、さらに個人的な話として、越氏自身がこれまでの米国での23年間の生活を終え、日本に本帰国することを報告した。「日米どちらも故郷のように思っているので帰国にほろ苦さを感じている。今はここ以上に良い場所は考えられない。日系コミュニティーの一員であることを光栄に思い、皆さんの高貴な活動に感謝と敬意を表す」と受賞のあいさつを締めくくった。

エルウッド・ルイ氏(左)から会長賞を受け取ったキャスリン・ドイ・トッド氏

 ドイ・トッド氏は1983年から2010年まで27年間、JACCCの理事および理事長を務めて組織に貢献した。ドイ・トッド氏の日本への愛情は、60年以上前に東京の慶應義塾大学に向かった夏の交換プログラムから始まったという。「日本の美しさと並外れた文化の深さに目を開かされた。それは私にとって非常に重要な経験だった」。JACCCがまだ開館間もない頃、夫と一緒にマイルス・クボ氏を手伝って、イサム・ノグチのペーパーランタン展「ひかり」の展示を設営していた時、「床に座っていた娘のミアは当時、まだ2歳だった」と振り返る。「4世『ハパ』の娘にとって、いずれ日本文化の重要性と美しさを理解することが貴重になると信じていた。正直にいうと、それがJACCCに参加したいと思った私の利己的な理由だった」と微笑む。「娘と、他の将来の日系米国人の子どもたちがこれらの経験をし、そしてもちろん、それをロサンゼルスの他の人々と共有するために、そして貢献するために」。
 元JACCC常務理事のジェリー・ヨシトミ氏は、JACCC基金に貢献した旧オータム・フェスト委員会の共同議長らに社長賞を授与した。ゲイリー・カワグチ、ティム・マナカ・ジュニア、スージー・ササキ、カレン・シンタク、ポール・シシマの5氏が1987年以降にオータム・フェストの人気を高め成長させ、募金活動の成功に寄与した努力が認められた。
 パンデミックの間、マナカ氏と妻のアキコさんは4人の仲間に連絡を取り、新編成のオータム・フェスト委員会が2020年11月に開催した初のバーチャルガラを支援した。

小阪芸術工芸センターの創設ほか将来のJACCCのビジョンを発表するワイアット館長

 受賞のあいさつに立ったマナカ氏は、トニ・キタザワ、エレン・ミナミ、ケン・ミナミ、ゲイル・マツイ、キャシー・トクドミ、クリス・ヤマシタの各氏などのJACCCの元スタッフが同館を支援し続けたことをたたえた。さらに「われわれの使命は常に同じである。今夜、われわれは基金のために集まっている。そして今後も引き続き基金を集める必要がある。この使命は世代から世代へと受け継がれていくものである」と述べた。
 ササキ氏は、「リーダーシップとビジョンは、1世と2世の先駆者から始まった。この基盤は、私たちの祖父母や両親の手で、慎重に、ときに犠牲を払いながら、力を注いで築かれた。われわれは彼らの遺志を継続するためにコミュニティーへの奉仕とJACCCへの支援を行ってきた。その取り組みを通じて、今、次世代の者たちがJACCCの支援に参加し、文化と芸術を通じてコミュニティーを育成するための新鮮なエネルギーをもたらし、新しいオータム・フェストのようなイベントを作り上げていることに胸が高鳴っている」と述べた。
 JACCCのパトリシア・ワイアット館長はガラの出席者に感謝の意を表した後、「会場であるJACCCプラザは有名な芸術家のイサム・ノグチが設計した公共広場として現存するたった三つのうちの一つであり、数十年にわたり二世週祭を含む数多くのイベントの会場となった」と述べた。そしてワイアット館長はJACCCがWMケック財団から25万ドルの助成金を受け取ったことを発表した。この資金は、JACCC芸術部長の小阪博一氏の名を冠した「小阪芸術工芸センター」の創設に使用されるという。

エンターテインメントで演奏しイベントを盛り上げた大岡遊(左から2人目)らバンドメンバー

 また、JACCCがカナイ財団から、本館内にKANAI SHUDOANを建設するための10万ドルの寄付金を受け取ったことを発表した。これには、和食、日本酒の展示と試飲コーナーに関するプログラムが含まれるという。
 「先駆者のビジョンを実現するために、私たちは現在、2・2エーカーの施設の改修に取り掛かっている。完成すればライブパフォーマンスを引き続き開催するだけでなく、日本と日系米国人の料理の芸術を世界に紹介できるようになるだろう。私たちが何十年も一緒に活動してきた日本の伝統芸術・文化の担い手が戻ってきてくれることに感謝している。皆さん、皆さんの子ども、そして皆さんの孫の世代まで、全員に伝統的な日本の芸術形式を研究する機会を提供したい」。ワイアット館長は述べ、JACCCのビジョンを紹介した。(グエン・ムラナカ、写真=マリオ・レイエス)

イサム・ノグチが設計したプラザを埋め尽くしたガラの出席者

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