白い濁り酒を口にしたのは、今月初旬。シアトル郊外のわが家での夕食会だった。
 少しピリリと舌が感じ、それからゆっくりと味わいが広がった。まだ瓶にのり付けされてないラベルには「SHIRAFUJI」とある。福島県双葉町の地酒「白冨士」が、この後、いよいよシアトルの清酒SHIRAFUJIに生まれ変わるのだ。サケ料理やダンジネスガニとも相性が良く、私も杯を重ねた。
 福島で300年以上も酒を造り続けて来た冨沢酒造店が、大津波による福島第1原発事故により、大事な酵母と共に双葉町を立ち退いたのは2011年3月。「探し続けた再興の地をシアトル郊外と定めた」と14年に報道された時は、驚いたものだ。
 長女の冨沢真理さんが縁あって米国西海岸を12年に旅した時に、シアトルの冷涼な気候やサケの遡上(そじょう)する川の様子に、地元福島との相似を見たこと。消費量下降傾向にある国内に比べ、米国には今後の日本酒普及の可能性があること。国内での新たな立ち上げが酒税法等によりなかなか厳しい等々、この決定には多々の要素があった。
 しかし、廃業も考えた20代目当主である父・冨沢周平さんや、21代目の兄・守さんを説得できた最大の原動力は、「受け入れよう、手助けしよう」という当地の人々の姿勢だっただろう。かつて日本語情報誌LIGHTHOUSEのインタビューで、真理さんは語っている。帰国後、(シアトルの実業家の)トミオ・モリグチさんから連絡を受け、仙台で会ったという。
 「日系人はゼロからスタートした。いろんな苦労をしたけど、僕たちは一生懸命生きている。国に翻弄(ほんろう)されたのはあなたたちも一緒でしょ。後は飛び出す勇気だよ」
 シアトル移転を決断してから8年。土地の取得、工場の建設、ライセンスの取得という道のりは、国情の違いやコロナ禍で想定をはるかに超える長い年月を要した。それでもようやくシアトル郊外ウディンヴィルに醸造態勢が整い、州政府からのライセンスを取得。初めての仕込みで生まれたSHIRAFUJIの原酒が今、卓上にのったのだった。
 生まれたばかりのこの酒が、今後シアトルの地酒として成長するよう応援したいと心から思う。(楠瀬明子)

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