新型コロナウイルス感染で世界が揺れ動き、人類の時間の使い方が変わり、生活スタイルが大きく変わった。僕自身、思いを言葉でつづる時間と余裕ができた。この磁針でエッセーを執筆し始めたのも、ちょうど2020年3月からだった。以来、テレワーク、自宅待機が板につき外出が限定的になったこともあり、日記を書いていたのだが、今年になってがぜんと対面が増え、外出が増え、書く文字が増える傾向のある日記は生活スタイルにそぐわなくなってしまった。
 今年2月ごろから本業のイベントの仕事が活発になってきて、外に出る機会が増えた。故に、日記を書く時間が確保できなくなったのだが、そんな頃、知人が現代短歌について書いた熱のこもったブログを読んだ。「短歌が面白い!」と。その時の出来事や自分の感情や思いを「5・7・5・7・7」という31文字に込める。最初は訳が分からず、文字の数え方すら分からなかったが、詠むに従って、短歌に馴染み始め、決められた文字数の中で自分を表現する頭の運動、感情の出力にすっかりハマってしまった。
 1日の出来事を日記で書き出すときりがないので、いつ、どこで、何をしたかは予定表に記すことにして、その日のハイライトは短歌にして1日1首詠む。この短時間でまとめる作業は、忙しい自分には非常にフィットしていて、今やにわか歌人を気取る毎日だ。僕は1日1首を今年5月上旬に始めたので、9月中旬の現時点で既に150首ほどはある。とりあえず1年間続けて、少しは人様の目に触れられる短歌が1首でも生まれたらと、のんびりと楽しみながら、短歌集の出版などという図々しい夢まで見始めている。
 例えば今年5月に詠んだ短歌。「啖呵切る 日々ふりかえり 短歌詠む 還暦前に 命縮まん」。威勢が良かった若かりし日を思い出し、還暦に近づく50代を生き、今や短歌を詠むくらいに落ち着いてしまったわが身を面白おかしくつづったのだが、日記だと個人的な内容になってしまうのに、短歌は読み物として他の人に共感してもらえたりする気がする。時間が欠乏する中、短歌は僕にとって良きストレス解消法なのだ。(河野 洋)

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