テレビのリモコンよりずっと大きくて重かった初代から数えて五代目の携帯電話を買った。と言っても先代が前触れもなく通話不能になったので、やむなく買い替えたわけで、息子に「電話が通じないだけど…」と言ったとたんに、私の電話を手にして「古いんだよ。新しいのを買わなきゃ」と笑われた。「古いったってまだ6年しかたってないし、大事に使ってるからどこも傷んでないし…」
 思い返せば6年前にも、未練がましく娘と同じ会話を交わした覚えがある。
 つまり見た目はどこも悪くないのに、突然ご臨終になる。
 すっかり手になじんで、素直に私の希望どおりに友達を呼び出して要件を伝え予定の確認をし、たまに送られてくる家族や友人からの写真やメッセージに心を和ませ、朝はきちんと6時に優しい音楽で起こしてくれる。複雑(?)な操作はできないので極力避けて、たまに行方不明になれば必死で探しまわり、ピンクの保護ジャケットを着せて大切にしていた分身に別れを告げたのだが、新しい電話にはなかなかなじめない。
 電話が悪いわけではなく、テクノロジーに暗い私のせいだが、長い時間をかけてやっとなじんだと思ったら「古い」の一言で手放さねばならないのは情けない。
 昔は(これはもう言うべき言葉ではないのだが)時計だってこうもり傘だって修理屋さんがいて、ちょっと手間賃を払えばすぐに修理してくれたものだ。
 この頃は(いいえ、大分前から)何によらず新しく買い替えねばならない。
 消費のサイクルが変わってしまって、「これは一生ものですよ」と商売人が客に高価な物を売る時の決まり文句は通用しなくなってしまった。
 私自身に限って言えばまず見た目も古くなり、機能も落ちてきて、時たまドクターや病院で修理(?)をしてもらうのだがなかなか新品同様にはならないし、買い替えも効かない。
 これはもうすり切れて動かなくなるまで、オイルを注しながら、だましだまし使うより仕方あるまい。
 話はそれたが、新しい携帯電話は何のためか裏面にレンズが3個もあり、サイズも一回り大きく、まだ私の手になじむまでしばらくかかりそうだ。
(川口加代子)

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